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スリランカに見る平和創出の難しさ

 国内対立で紛争が絶えないスリランカであるが、停戦監視の努力にもかかわらず多くの死傷者を出す事件が発生した。(参照1)今後の戦闘激化が懸念されている。この種の内戦の終結が困難なのは世界で共通ではあるが、和平を促す外国勢力の持続的な関与がある事、島国で国境監視も比較的容易である事など、条件的に有利な面もある。また厳しい経済水準から政治の現状を考えると国民の資質も比較的高いように思われる。にもかかわらず状況は厳しいようだ。

 例によって外務省のサイトを引用する。(参照2)日本からすると重要度の薄い小国という印象があるがここでの記述は多い。要人往来も活発である事が分かるだろう。日本との関係を記したページ(参照3)に率直に理由を記述しているのが面白い。シーレーンにあり地政学的に重要なこと、親日的であることと記されている。外務省はこういうときに建前を記述するに留めることが多かった印象があるが最近はそうでもないのだろうか。

 同じページに昨今の情勢も比較的詳述されている。かなり多くの国が関与しているのが分かるだろう。にも関わらずこの国の反政府勢力との交渉は至難であろう。よりによってというか、恐らく世界で最初に女性の自爆テロを組織的にやり始めたと思われる、「タミル・イーラム解放の虎」(LTTE)が交渉相手となっている。他のタミル人組織に対しても、インドとの関係が深すぎるなどの理由で攻撃的であり(ちなみにインドはラジブ・ガンジー首相まで暗殺されているくらいなので、近年は腰が引けている)米国など主要な民主主義国からはテロ組織として認定されている。やっている事それ自体は、自爆テロ以外に少年を拉致して兵士に仕立てるとか民間人への攻撃も辞さないなど残虐を極めるのでそう評価されるのも当然だろう。にも関わらずタミル人の間で一定の浸透がある。無論地域の実験を握っている以上、恐怖からの服従という面はある。しかし少数派が抱える恐怖というのはなかなか厄介だ。

 LTTEのリーダー、Prabhakaranへのインタビュ-が公開されている。(参照4)当然LTTEの言い分に偏っているわけだが、内容は反政府勢力の言い分としてある種の典型を示す。自分たちは迫害され、やむを得ず抵抗している、言論は役に立たない、議会は多数派の専制であるという論調。ただ、スリランカのタミル人くらいの社会集団となれば、民族浄化のごとき未来は可能性がそれなりにあるという恐怖が動機となっている。そのため、自らが弱者であると認識されている集団で、相対的にカリスマがあり強いリーダーと目されている人物により穏健な人物が取って代わることは本質的に至難なのであろう。

 ノルウェーが中心となり、停戦監視のミッションが北欧諸国によって展開されている。しかしWikiの項目でも示されているように(参照5)多数派シンハラ人からの評判はあまり良くない。LTTEの肩を持ち過ぎるという。これもまた世界でよく見られる光景だ。停戦監視を継続しようとすれば、それをしばしば破ろうとする勢力に多くの妥協をする事は当然である。テロに対する一方的な被害者であると考えている人々に不評なのは当たり前だろう。それでも長期で見れば、手法はどうでもいいし条件が重なっただけの偶然でも良いから、平和が継続することによって互いの不信を緩和させ、次の段階に進むしかないのだろう。ただこのLTTEに関しては、そのような手法が有効かどうかは議論の余地がある。地域を管理する現実の勢力として対処するべきか、それとも短期には混乱があっても別の現実を作り出したほうが長期には良いとするべきか、判断は難しい。ただ後者を選択したのがイラク戦争だが、現実で分かるように良い結果を得るためには長期のリソース投入が必須とはなる。

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