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民主党代表辞任への失望

 今日はとても残念なニュースを耳にすることになった。日本の政党政治の成熟の過程が、相変わらず遅々としたものである事を実感することになった。前原民主党代表が辞任するという。メール問題の責任を取るとの事だ。確かに格好の悪い、稚拙な誤りであっただろう。しかしこれは代表辞任に値するものなのであろうか。

 以前のエントリでも、年金問題での交代に苦言を呈したことがあった。今回言いたいことも全く同じだ。野党第一党の党首は選挙結果次第で内閣総理大臣となる。今回のメール問題は内閣が吹き飛ぶほどの大問題だろうか。国民は批判しつつも多少のことでは揺るがない一徹さ、容易に変化しない存在の重みも静かに求めているのである。

 複雑で高度な社会を運営する現代政治は、大多数の人が賛同するような政策はそれほどない。あるとしたらとっくに解決済みとなっているか、やり残していてこんな課題がまだ残っていたかと発覚したときに時代錯誤的な印象を抱くものであろう。通常は政治的争点になりにくい瑣末な、対立点の発生しにくい常識的な法案一つ通すのにも6割か7割の賛成、それも面倒な話し合いの結果何とか通すというのが現実ではないだろうか。まして政治的争点となっている、本質的な困難さを伴いかつ対立の深刻な課題であればどうであろうか。時間もかかる話であろうし、その間紆余曲折もあり、対立陣営からは枝葉末節の不備を追求される。政治は生身の人の試行錯誤の営みであるから全く失敗が無い政党というのは普通は無い。だからと言って、僅かな瑕疵を理由としてより優れた政策が通らないとすれば、それは長い間の政治の停滞を招くだけだ。80~90年代の日本がまさにそれであったように。

 米国で例えてみよう。例えばイラク戦争だ。これは極論すると2つの選択しか恐らくは無かった。最初から地域の政治的現状を認めるか、民主化の区切りがつくまで貫徹するかだ。中間解は無い。そして議論はあるが、こういう大問題でもブッシュやブレアは続投だった。日本はどうだろうか。私はサマワで不幸にも犠牲者が出ても、首相の進退問題には繋げるべきではないと考える。昔の安保闘争では法案を通すために辞任となったが、いずれにせよ政治家は政治に関する責任を貫徹することが必要だ。ドイツの政治家の「第二次大戦後の重要な安全保障政策の決定はことごとくドイツ世論の反対を押し切るものであった」という述懐をどう考えるべきか。逆説的だがこれこそが民主化の価値でもある。

 責任を貫徹するしないが争点になる形としてはならない。どの方向で貫徹するかを議論としなければならないのだ。単に無能を理由に落とすのであれば、経済面だとしても、10年以上の経済の停滞とか、雇用問題の長期に渡る深刻さであるとか、政治の核心部分への評価で無ければならない。

 民主党の若手には頭のいい人が多い。しかし結果を残すのは行動主義者で、長いプレッシャーに耐えなければならない。今回の辞任劇は責任を取ったのではない。タダの逃避であろう。昔からしばしばある、日本の線の細いエリートの姿の典型だ。今こそ大事なことは別にあると言わなければならない。率直な謝罪は必要にしても。

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ブログ開設一周年

 本日でこのブログを設置してちょうど1年が経過した。ものの一週間で放り出すかなと思いながら試しのつもりで始めたものであるが案外続いている。毎日更新を心がけるとか最初に思うとこうはいかなかったろう。自分の意見を述べるのにコメントでは長くなることもあるからトラックバックをかけられるように用意するという程度の考えだった。ちょうどその前にいくつか意欲的なブログを見て触発されたというのもある。当初からマイペースのつもりで、今もそれは変わらない。

 アクセス数はというと、更新したときには1000を超え、そうでない時は少し割ると言う程度だ。なぜか週末は少ない。平日の仕事の忙しい時に参照するブログとも思えないのだが。現在累計で37万アクセスだが、更新頻度を考えるとこれでも多いくらいである。幸か不幸かここを読んでいる人に面識のある人はいないはずなので自分の耳で直に感想を聞くことは無い。優秀な知識人にちょっと叩かれると凹むだろうから、それでいいのかもしれないが。

 各エントリの人気とか一般受けはほとんど考えないでやっている。アクセス解析の結果を見ると常連のユーザーが付いて継続的にウォッチされていると言う印象だ。各エントリの反響はいつも意外な結果で出る。1年を振り返って、思った事について軽くコメントしたい。

・原文ソースが英語の場合極めて反応が薄い
 日本人の実態が良く出ているのかもしれない。そもそもそれを読む人は黙って原典に当たって自分以上にきちんと理解するだろうから、このブログを引用したりコメントしたりする必要などそもそも無いのであろう。そう考えると順当だ。ただ面倒な人でも、核拡散と鳥インフルエンザ関連は目を通して欲しい気もする。

・ロシアとの領土問題
 一連のエントリは意外に反響があった。この問題に関しては、日本にとってやや都合の悪い部分が隠蔽される傾向にあること、また良くも悪くも欧州中心の歴史的経緯を考えると日本の主張に微妙な部分があることが広く伝わっていないという印象がある。自分自身の覚え書きという側面が強かったが、記した意味はあったかもしれない。

・アフリカ関連
 北アフリカ、南部アフリカ、西サハラ、スーダンとたまにエントリするが、なぜか忘れた頃にリンクが張られたりする。単に日本人で取り上げる人が少ないだけかもしれないが。それは国民一般では止むを得ない話である。ただこの地域の件で一つ言いたい事はある。ある程度国際的に反響のある事件に関しては、日本で責任ある立場にいる人は一言でもいいから必ず公式なコメントを出しておくべきだと言うことだ。

・中国関連
 概してアクセスが増えるが、正直良いエントリは少なかったように思う。一番反響があったのは山本氏の著作に関する感想であるが、これはある種の人々に関しては比較的共通見解と思っていたがそうでもなかったのかもしれない。概して東アジア関連では少し世間とのギャップを感じている。

・ムハンマド風刺画
 一番意外だったのがこれだ。欧州に同情的な論調が思いのほか少ない。私自身はそもそもブログや掲示板をあれこれ見て回る人間ではなく、このブログも人の意見をろくに見ずに作っている。それでも目に入ってくる僅かの論調だけでも、靖国問題の対比とか、少し変な方向に走っているように思った。今回もこの件では池内恵氏がいくつかの雑誌で妥当な説明をしているので、機会あればこのブログよりよほど目を通しておくと良いと思う。日本人は、読売新聞や産経新聞、あるいはもっとマイナーな地方紙の社説にデモが起き、首相に謝罪しろとか二度と発生しないように考えろとか要請されたらどうするつもりなのだろう。幸いにもその種の管理不可能な問題にはまだ直面せずにいる。

・Web進化論
 ほとんど推敲せず適当に思いついたことを30分程度で一気に書いた。旅行中にぼんやり思っていたせいもあるが、最初に感じた印象が重要ではないかと思ったのも一因だ。なぜかアクセス数はこれが一番多かったようだ。国際関係に限定されない一般的な話題だったからかもしれない。どこから参照されたかは余り良く分からない。梅田氏自身にはチェックされているようではあるが。

 最後に、このブログの紹介、アクセスやコメント、トラックバック等でお世話になった方に、一周年という区切りで再度お礼を申し上げておきたく思います。取り上げる順に意図したものは無いので宜しくお願いします。

雪斎様
 しばしばコメントやトラックバックでお世話になっています。貴ブログは、政治は人の営みであること、生身の人間が日々活動している結果であることを、皮膚感覚と実感を持って示しているように思います。最近は昔以上に忙しいようで、ご自愛下さい。

finalvent様
 アクセス数の増加に関しては一番お世話になった形です。日記も拝見しております。多様な興味の対象と広い視野はいつも参考になるところです。今後とも宜しくお願いします。

かんべえ様
 あれだけの内容を継続的に記されているのにはいつも頭が下がります。最初にいただいたリンクがなければ、本当に一週間で更新を止めてそれっきりになったかもしれません。少しずつ調子を上げようかなどと根気の要る作業が苦手な私には大変な応援になりました。有難うございます。

やじゅん様
 しばしばコメントで失礼しております。啓蒙主義という意味で私よりよほど徹底したエントリ群と思います。当たり前のことを伝えるのにも大変な労力がかかるものですが、古典の伝統に根ざし、私のように手間を惜しむことの無い態度には敬意を表します。今後とも宜しくお願いします。

Hache様
 ブログ開設おめでとうございます。貴殿のような教養の深い方が文章を公開することは、それだけで多くの人に良質な刺激を与えるものと信じます。コメント等でも宜しくお願いします。

さくら様
 忙しく体力も要するはずなのに、活発なブログ更新は大変ご立派だと思います。地に足のついた良識が強靭かつ自然に示されているのは、真似したいと思ってもなかなか出来ないものです。今後とも宜しくお願いします。

長島昭久様
 以前貴HPで、本ブログを早い段階でリンクと共にご紹介いただきました。やや過大評価とも思え、その後のエントリは失望させることになったかもしれません。お礼を申し上げようと思ってはいましたが、ことごとく政治的に微妙な時期で変な迷惑をかけるかもしれない危惧もあり、失礼しておりました。もう見ていないかもしれませんが、このエントリを持ってお礼に替えさせていただきたく。

・常連ユーザーの皆様
 このブログはあくまで個人の心情や感想を吐露するものに過ぎません。ですが、それが多少なりとも何がしかの、歴史や地理、古典、この時代、現実に生きる人々への興味を多少なりとも強めるものになるのであれば、それだけで意義があるものと思います。今後とも、宜しくお願いします。

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東京財団の安全保障研究報告書に関する感想(下)

 最後に5章以下の地域情勢・日本の取り得る方策について記述した部分に触れてみたい。これらの部分は客観的で要点が綺麗にまとめられている印象があり、内容も大半は極めて妥当なものと感じる。私がどうこう言う余地も無いものであるが、軽く感想などを述べてみたい。

・ロシアの政策
 他の国に関しては、政治の論理、客観条件などからある程度力学的に政策を決定せざるを得ない。しかしロシアは、歴史的に見ても指導者層の判断や選択が比較的大きなウェイトを占めつつ路線が決定されている。(肝心な時に間違っている気もするが)プーチン大統領自身の能力は高いのかもしれないが、やや場当たり的で徹底さを欠く印象がある。その意味ではむしろプーチン後の路線がかなり重要だろう。G8追放の検討はマケイン氏あたりが中心となっているようだが、ライス長官の言うように(少なくとも現時点では)誤りだろう。日本も様々にアプローチをかけているが、現在の小泉政権では、領土問題等で何か譲歩をしようにも、それが歴史的に有効な資産となる可能性が少ないと判断しているのではないか。ただWTO加盟の後押しなど、ロシア側としては重要だが日本国内ではあまり話題にならない課題で誘いをかけてはいる。これは適切なアプローチだろう。いずれにせよロシアに関しては相当突っ込んだ分析を別にやらないと戦略的条件としては文章をまとめ切れないかもしれない。

・EUの対中政策
 簡単に言うと、EUは少し前の日本のようなものだと考えれば良い。実際大局的に見れば、鄧小平から江沢民、胡錦濤に至る指導者の変遷は開明化と見れないことも無い。欧州は伝統的にアジア政策がうまくないのだが、今回も例外ではない。

・ASEAN政策
 米国や中国との関係も重要であるが、地域のイスラム教徒に対する他宗教勢力の反発がどのような展開を見せるかという国内的要因がある程度各国の政策の拘束要因となると思う。フィリピンのように選択の余地が少ない場合はむしろ分かりやすいが、マレーシアからインドネシアに至る地域はかなり面倒だ。なお米国が中国に譲歩するというのは米国内的には「汚れ役」を任せるという論理となり、強く批判されるだろう。実行したとしても短期間で挫折する政策と思われる。

・日本の戦略
 原則部分では、まず集団安全保障を可能とする事に尽きると思う。その後の協力関係に関しては、現実の政策展開としてはやりやすい国からやるしか無いであろう。最近も麻生外相の欧州への招待などNATOへの関与拡大が話題になっているが、極めて適切であろう。アンザス条約との統合は検討しても良いかもしれない。実質のリソースは日米で負担して、政治的窓口だけ適当な国際機関名にして対応出来ればかなり楽になる。シナリオとしては色々あれど、米国を中心とした民主主義国全体で日本のリスクに対応するというやり方が有効であるという情勢にあまり変化はありそうにない。その中でリスク管理もうまくいくだろう。例えばニューカレドニアを領しているのを大義名分にフランスをアジア太平洋の国際会議の席に付けて普段から言質を取っておく、の類か。

 最後になるが、どのような議論をするにしても、日本人がどの程度の負担をする覚悟があるのかというのが決定的要因になるのは変わらない。その意味でP86に記載されたような厳しい国際環境を想定するような試みはもう少しあっても良いだろう。とはいうものの、広く世の中に参照されるべき文章として、本報告書は有意義な役割を果たしている。ただ日本人の一般国民の多数派は皮膚感覚で政治路線の正しさは見抜いているフシがあるので、実際の意義としては国民意識にあるフラストレーションの解消とか、そういう側面になってくるのかもしれない。その意味でもアメリカ以外の民主主義国との集団的自衛権の話は、進めるということそれ自体に意味があるのだが。

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東京財団の安全保障研究報告書に関する感想(中)

 前回エントリに続いて、個別内容にコメントしてみたい。

・第2章
 やや伝統主義的な記述に傾きすぎている嫌いはないだろうか。資源に関しては、割合もさりながら絶対消費量と入手性、代替可能性などを考えないとやや一面的ではないか。現状の世界情勢だと支払いの確実な日本は最高の上客で、資源を外交カードにしようという試みは近年の世界で成功例があるのだろうか。河川の上流を管理している国が下流に嫌がらせすると言う程度ではないか。それ以外は最近のロシアのような考え違いとなって終わるだろう。それでも原油や天然ガスは代替可能性が低めの資源だからまだマシなくらいだ。銅線が駄目なら光ファイバー、くらいの規模でマクロ認識をすれば工業国有利の構図はそうは変わらない。貿易が安全であることがほぼ唯一の決定的な要素であろう。
 同様の事は食料に関しても言える。日本は比較的食文化が多様な部類に属する国であるということも勘案しなければいけない。パンとチーズの消費が多い欧州のように米と魚と伝統的な野菜だけなら日本の自給率も高い。農業政策の失敗と言うこともある。その自らの選択の結果を維持するのが国益であるという記述をしておかないと、日本は何やら不利な状況にあるという被害妄想的な意識に流されてしまうのではないか。水資源に関しては、国際河川が国内にないことに言及しているのは誠に適切である。

・第3章
 国益を記述した第3章部分に関しては、より古典的な記述の感がある。まず日本の伝統なるものは、その大半は江戸時代のものであり、それ以前の日本的特質は直接にはあまり反映されていないこと、また明治以降に人為的に設定された古典による部分が多いことに触れておくべきだろう。そして世界的に見れば日本は比較的古来よりの因習から自由であった国だ。幸運にも早期に宗教勢力の専横は排除できたし、科学技術面での受容は常に柔軟であった。「進取の気風」が伝統であるといってもいいかもしれない。また民主主義の価値を国益に明記しておくのは必須であろう。そしてそれを基礎にした未来の選択に関する権利の維持を政治的国益の代表として記述しても良いかもしれない。例えばEUでは工業製品はMade in EUの記述となり、ドイツは抵抗したがそうせざるを得なかった。日本はMade in Asiaはもちろん、例えば米加豪と先進国に限ってMade in Pacificとしても嫌だろう。日本人は孤立主義の伝統があり、他国の顔色を見ながら過ごすのが本当に嫌なのである。その良し悪しはともかく、そういう気風が強く、国民が強く望んでいる事として意識しておいた方が良いであろう。例えば日本人に他国の経済状況を勘案して自国の金利政策を決定する器量があるのだろうか。

・第4章
 外交力に関しては、現状の客観的な能力状況を記述しても良いだろう。つまり、短期的な交渉に関しては不器用であり、外交リソースの少なさもあり(一定の量がなければ質を云々する段階に達しないのは、ここで典型だ。その意味で格闘技ネットワークなどを取り上げたのは聡明な着目と言えるだろう)しばしば稚拙であることも多いが、しかしながら中長期の外交方針に関しては、世界的に見てもかなり優れたほうではないかという事である。これは第二次世界大戦前後の大きな失敗を除けば、明治初期から現在に至るまでほぼ一貫しているだろう。そして時代が下れば今現在国益に貢献している外交官が改めて評価されるであろう。不思議な事に、表面的な発露の仕方は違うが、外国の中では米国が比較的近いことに注目しても良いかもしれない。この件を実感するのには簡単な説明で済まないのでここで詳細は述べないが、私は比較的長い年月でその事を確信するようになった。疑問を抱く読者諸氏も多いと思うが、どこかで頭に入れておいていただくと幸いである。
 また軍事力に関して記述した部分があるが、これは対象を整理して述べるとより実感と説得力が増すかもしれない。私は以前のエントリで安全保障の対象として簡単に分類して述べたことがあるが、いわゆる先進民主主義国に関しては必ずしもツールにならず、米国を中心とする放射状ネットワークの中での価値として再評価されることが何らかの形で記述されると望ましい。例えばフランスはオランダより軍事力で優越しているが、対日外交でそれがどれほどのツールになるかというとかなり怪しい。むしろPKFなどへの貢献といった側面が重要となる。これは報告書中で記述されているが、機能による直接の分類としているのでやや価値が見えにくいかもしれない。「外交」のツールなので、相手による話であるのだから。

 長くなったので続きはまた後日とする。残りはあまり内容がないかもしれないが。

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東京財団の安全保障研究報告書に関する感想(上)

 ここを目にしている多くの人はかんべえ氏の溜池通信にも目を通しておられると思う。その最新号にて、東京財団の研究報告書が紹介されていた。的確な内容であるし、インターネット上で全文公開されているのでぜひ読んでみて欲しい。(参照)今回はこの報告書に関して感想を述べてみたいと思う。

 巻頭に示される通り、この報告書は日本の安全保障政策に関しての議論を喚起するもので、専門用語を極力拝した平易かつ丁寧な表現で、政策担当者のみならず広く国民一般に語りかける啓蒙的な色彩が強い。その目的に沿った内容であると思う。以下に記す私の感想は、一部ネガティブな表現があるにせよ、全体としてこの文章が10のうち8か9くらいは適切なものであって残りの部分を強調したものに過ぎないという事は断っておきたい。

 序章にはっきり記載されている通り、現在の安全保障環境をまずゼロベースで考え、過去の経緯に引きずられない客観的な議論が必要であるということには賛成である。しかしながら、そのように断っていても、やはりこれまでの経緯に引きずられている感が否めない。なぜそのように考えたかと言うと、現状を客観視する試みがやや少ないと思ったからである。この報告書、全体として後半の個別政策の提言が優れていると思う。しかし、啓蒙的な役割を広く捉えるなら、特に非専門家の一般国民には、前半は曖昧模糊とした印象を与えるかもしれない。後半の提言に目を留めて貰えないかもしれない。

 現代の安全保障を考えるには、当然のことながら現在の受益状況と損害状況をまず把握することが重要である。特に受益に関しては、日本人は当然視している傾向が強く、これを明示的なものにして意識させる事が重要な議論の出発点ではないかと思う。そしてその水準が高いか低いかに関して世間的な議論はあるであろうが、まずは推測として多数派の日本人が意識的・無意識的に要求する水準とは何かを語ってみてはどうだろうか。

 もう少し具体的に述べよう。歴史的経緯という縦の変化と、諸外国との比較という横の違いを双方意識すべきであろう。縦の変化では、明治や戦前からのコストや状況の比較があると良いだろう。具体的には防衛関係の費用のGNP比の変遷、対外軍事行動による軍人や民間人の被害者の推移、その負担の結果としての国民の安全意識の変化、あるいは対外的な政治的影響力、経済への影響、対外的な市場や資源へのアクセス容易性などだ。そしてこのまま何もせずに推移するとどのような未来図が予測されるか、また現状を維持するにはどのような対策やコストが必要か、さらに良くするにはどうかというような事だ。個人的には、現在の日本の受益水準は充分に高く、維持するだけでも多大な労力を必要とすると考えている。そして現状維持のコストすら嫌う主張をする人が、それ以上の至難さであるより良好な安全保障環境を構築することは出来ないのであろう。非現実的右派勢力への反論と言う意味でもあって良いのではないだろうか。

 もう一つが、安全保障に関する考え方の近い、主要な民主主義国との比較である。同じく経済力に対する負担の水準(直接軍事費・同盟協力費・対外援助費その他)、現在の安全保障状況(例えばイギリスは北アイルランドなどへのテロの被害はあるし、スペインは不法移民が深刻で日本どころの騒ぎではない)、政策設定のための自国の裁量度(恐らく日本は全世界で米国に次いで2番目)対外派兵の人数、国民の安全意識などである。この要件も日本の幸運を自覚する材料になろうし、また本報告書で提言されている集団安全保障に関する理解を深める一助にもなる。主要な友好国の寄与度の仮判定なども付け加えると面白い試みとなるかもしれない。議論を呼ぶ事になりそうだが。
 上記のような前提を元に、自国の持つリソースに関して議論を進めればより実感を持って後半の政策提言に結び付けられるのではないだろうか。

 主要な感想としては以上である。後日のエントリでは個別にコメントしたい部分を取り上げるが、これは枝葉末節となる。

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お題バトン「アメリカ」

 以前にもmusicバトンがあった気がするけど、最近はこんなのもあるんですね。こちらから回ってきたものですけど、なかなか面白い。テーマは回す人が指定できる模様。では私は「アメリカ」のほうで。「世界戦略」だと、誰しも幼少の頃にあるはずの世界征服を夢見た記憶が蘇って来てかなり無駄ですので(笑)

 で、項目は以下の通りらしい。

「本棚やPCに入っている(テーマ)は?」
「今、妄想している(テーマ)は?」
「最初に出会った(テーマ)は?」
「特別な思い入れのある(テーマ)は?」
「(テーマ)への愛ゆえに一言物申す」

 それでは記述。

・「本棚やPCに入っている『アメリカ』は?」

 書籍は色々あるのですが、政治系だとPCのForeign Affairsの電子ファイルとかが真っ先に思い浮かびます。高いレベルながらもそのレベルなりの玉石混交なのですが、良質な文章のほうはその明晰さ、的確さに舌を巻く思いです。しばしば欧州大陸に見られる余分な思想の外套を脱ぎ捨てたようなシャープな怜悧さに惚れることしばしば。
 書籍なら「アメリカ外交50年」などある種の典型でどうしても真っ先に思い浮かびます。もっとも書籍として真っ先に思い浮かぶのはむしろ文学であったりします。ヘミングウェイとか。欧州のそれ以上に、現代的で等身大なので、日本人にも馴染みやすいのでしょう。

「今、妄想している『アメリカ』は?」

 ライス国務長官がピアノを弾きながら強硬な指示を下す風景です。オーストラリアで口が滑った麻生外相にツッコミを入れるでも可。まさに妄想だが妙にありそう。

「最初に出会った『アメリカ』は?」

 何でしょうね。無意識にはいっぱいありますから。小学校の図書室のスヌーピーか、映画の何かでしょうね。アメリカ的なものを鋭く感じたとなると、レーガン大統領の初当選ですね。当時日本の新聞が叩きまくっていたのをうっすら覚えています。カーター持ち上げまくっていたし。最近ブッシュに姿を重ねました。

「特別な思い入れのある『アメリカ』は?」

 アメリカと言っていいのかどうか分かりませんが、ホロヴィッツとかトスカニーニとか、アメリカでより成功した音楽家の姿ですね。あと最近だとIT革命などの新産業の勃興とか。文化の支援者、創出者としてのアメリカには概して思い入れがあります。開明的で未来志向なところですね。時には「そうか日本は台風で困っているのか。では試しに中心に原爆落としてみるか」とか困った事言いますけど。

「『アメリカ』への愛ゆえに一言物申す」

 いやまぁ、私が言う以前にアメリカの中でもっと大きい声が絶叫されているので。強いて日本人としていうなら、まずは観光旅行でも良いからもう少し多くの人に日本の姿を見て欲しい、に尽きますね。

以上です。

次に回す人ですが、いつもお世話になっている皆様にまたまた失礼して・・・・

雪斎の随想録」の雪斎様に「政治学者」で。
やじゅんの世界ブログ」のやじゅん様に同じく「アメリカ」で。
寝言@時の最果て」のHache様に「欧州史」で。

もちろん、面倒な場合は無視していただいて構いません。宜しくお願いします。

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米国の2006年新国家安全保障戦略について

 ホワイトハウスから国家安全保障戦略に関して改訂版が発表されている。戦略の要点、これまでの成果、今後の課題などを平易に記述してある。戦略内容としては今までと極端に変わるものではないが、手段に関してはやや穏健な表現になっているようだ。

 以前、米国の戦略に関しては、先制攻撃と予防戦争の違いに関して、海外の著名人の論文を引用する形でエントリを書いたことがある。今回もその違いは示されてはいるようではあるが、明確極まりないというものではない。イラク戦争は先制攻撃ではなく古典的な予防戦争なのだが、意図的にミスリードするマスコミもあるのは残念なことだ。しかしいずれにせよ、戦略としては妥当性はあり、それをどう効率的な手法で達成するかが問題であることは米国内の議論の方向性としてほぼ間違いないところだ。

 今回の発表内容はこのようなものである。長大な文章ではないし全て要所がまとめられたものなので全て目を通すと良いだろう。全般としてかなり丁寧な記述との印象がある。そしてある部分は教科書的な表現だ。例えば3章の下記部分などが見本と言える。

The terrorism we confront today springs from:

・Political alienation. Transnational terrorists are recruited from people who have no voice in their own government and see no legitimate way to promote change in their own country. Without a stake in the existing order, they are vulnerable to manipulation by those who advocate a perverse vision based on violence and destruction.
・Grievances that can be blamed on others. The failures the terrorists feel and see are blamed on others, and on perceived injustices from the recent or sometimes distant past. The terrorists’ rhetoric keeps wounds associated with this past fresh and raw, a potent motivation for revenge and terror.
・Sub-cultures of conspiracy and misinformation. Terrorists recruit more effectively from populations whose information about the world is contaminated by falsehoods and corrupted by conspiracy theories. The distortions keep alive grievances and filter out facts that would challenge popular prejudices and self-serving propaganda.
・An ideology that justifies murder. Terrorism ultimately depends upon the appeal of an ideology that excuses or even glorifies the deliberate killing of innocents. A proud religion ? the religion of Islam ? has been twisted and made to serve an evil end, as in other times and places other religions have been similarly abused.

Defeating terrorism in the long run requires that each of these factors be addressed. The genius of democracy is that it provides a counter to each.

・In place of alienation, democracy offers an ownership stake in society, a chance to shape one’s own future.
・In place of festering grievances, democracy offers the rule of law, the peaceful resolution of disputes, and the habits of advancing interests through compromise.
・In place of a culture of conspiracy and misinformation, democracy offers freedom of speech, independent media, and the marketplace of ideas, which can expose and discredit falsehoods, prejudices, and dishonest propaganda.
・In place of an ideology that justifies murder, democracy offers a respect for human dignity that abhors the deliberate targeting of innocent civilians.

 世間のイメージはともかく、ブッシュ政権は米国の基準としてもこのようなより社会科学的なアプローチを好む傾向がある。このテロに対応する論理などはおおよそ1980年代以降の時期の学問的反映ではないだろうか。今はちょっと忘れてしまったので、そのうち機会あれば関連の重要書籍など紹介しようと思っているが。
 以前ブッシュ政権に関しては、手段はともかく目的は比較的正しいと書いた覚えがある。それは今も変わらないが、また別の言い方であれば、大局的な視点はあまり誤らないが個別の案件に関する対応はしばしば大雑把だったり非効率だったりするとも言える。マクロには強いがミクロには弱いと言うところで、日本とちょうど逆かもしれない。小泉政権はまた少し違うかもしれないが。

 各地域に関して述べた8章は具体的な興味を惹きやすいところかもしれない。アフリカへの関与が予想以上に熱意を持って示されているのはやや興味を惹く。「チャンスの弧」と以前から表現されているが、中東で反米主義が蔓延してしまったのと比較し、米国への好意は相対的に高いので、ここではうまくやろうかとの思いも滲み出ている様に思える。ロシアに関してはより率直な印象がある。great influenceの言い回し、安定をもたらす存在として協力を期待するというメッセージであろう。実のところロシアは、自覚は少ないかもしれないが今日の世界秩序の最大の受益者の一つだろう。その意識があれば今少し外交も変わるのではないだろうか。

 中国に関しては、以前から言っている通りである。最後にwhile we hedge against other possibilitiesと釘を刺しつつ、透明性を高めるようにとの発言を繰り返している。ちょうど日本の麻生外相がWSJに寄稿した文章があるが(内容はかんべえ氏が不規則発言の3/14記述分で全文引用している)そこでもtransparentに言及している。それは米国人の琴線に触れるようにかなり練られた文章と言えるし、日本の政治家の言としても出色のものだ。だがメッセージは相手に伝わらなければならない。(今回は米国向けの役割かもしれないが)built-in stabilizer providedの意味が腑に落ちてくれると今少し建設的な話となるのだろう。19世紀の英国のものがそうであったように、それは結局国際公共財の役目を果たすのであるし、今の米国もその本質は変わらないのだ。ただ、それが少なくとも政治レベルでは100%理解される国は、そもそも既に民主主義は成熟しているのかもしれない。

 今回の戦略文書、最後に思うのは、これを目にしての各国の反応はどうかという事だ。その対米感こそが、この文章に記述された内容をまさに示すもののように思われる。

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米国の食品全国統一法案に思う

 米国内の話であるが、個人的にこのニュースは興味深いと感じたので取り上げてみたい。下院でNational Uniformity for Food Act of 2005が通過した。食品などに関する安全基準を連邦共通とするもので、内容はこのようなものだ。(概してこのリンク先は便利だ。アメリカウォッチャーな人には御用達か)国全体での安全性の向上を謳っているが、一方少なくとも200の州法を無効にすると議論になっている。

 背景として、これはあからさまにカリフォルニア州法のProposition65を標的にしたものだという指摘がなされている。これは周知の事実のようだ。簡単な解説をしている記事をリンクしておく(参照)。Proposition65自体は日本の製造業一般でも良く知られていて、例えば鉛が露出しているのでこの電池では表示が必要、といった具体例となり、ビジネスをいささか面倒なものにしている。(参考:参照2)この種の安全基準がある主権国家内で共通であるのは、日本人的感覚では当たり前であろう。しかし米国内では必ずしもそうでもない。そもそも文化的に許容度が違うということもあるし、時に食習慣さえ違うので実際的なのであろう。必ずしも現在政治的課題として大きい扱いではないこの時期、港湾管理の件で大モメしてる最中にこっそり通すという印象は否めない。

 BSEに関する日米摩擦の背景にしても、州ごとに違うべき、理念的には個々人で違って然るべき安全の許容基準を、ある特定の基準を強制するという政治手法への反発が米国側にある事は認識しておいたほうがいいかもしれない。日本で牛丼復活を期待している人を強権的に抑圧しているという印象もあるのだ。だからこそ規制よりは「表示」が重要であったりする。かといって健康上危険かもしれないと堂々表示してその代わり安いから選択してね、という米国内の一部のやり方は、日本人的にはなかなか付いていけないのであるが。もっとも今回のような件は、そういう理念をいささか後退させるように思える。
 もちろん、普通の日本人や欧州人(EUで安全基準を統一、というのは比較的許容される傾向はある)にとって見れば、国内でこうも違うのは勘弁して欲しいとなるであろう。しかしながら、この効率の悪さを甘受した多様性の保留こそが米国の強みや魅力でもある。その意味で個人的にはいささか残念な流れだ。伝統的な地域主義を通しても良さそうに思える。

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北朝鮮核危機への対応の困難さ

 イラン問題が急速に先鋭化する状況で、北朝鮮問題に手をつけられない状況が継続している。この問題は本ブログでも度々取り扱ってきたし、その見解は今でも変わらないが、再度触れておきたい。

 北朝鮮問題の基本構図は、仮想的に抑止が成立している状況において、その間隙を的確にすり抜ける形で北朝鮮が核開発を継続しているものと考えられる。抑止が成立し辛い中東地域とは本質的な構図が違う事を熟知するのは重要であろう。

 ここでCFRにて、うまいリンク集にもなっている論説があるので引用したい。(参照)表題もthe Other Nuclear Rogueとまた明快なタイトルになっている。まず過去に報告されたこの軍事的選択を仮定した検討結果は米国では政策判断の前提となっていると思われる。(参照2)基本的に踏まえておかなければならないのは、例えばこの認識だ。

North Korea, unfortunately, has a history of unpredictable, and often violent, reactions to even slight provocations. Therefore, even the most modest U.S. military action risks escalation to higher levels of conflict and most analysts agree that no military option should be chosen without full recognition of such danger.

the most modestというあたりの表現が面白いのだが、予想される反応の見積もりが至難であるというのは分かる気がする。そしてこの後にこんな部分がある。

Some suggest that, in light of potentially large casualties, proceeding without South Korean agreement “would be immoral as well as ill-advised.”

 このimmoralという表現こそ、米国の政策決定プロセスにおける、ギリギリの段階での判断ポイントなのだが、この付近の感覚をきちんと理解しているのは民主主義の同盟国でも少ないかもしれない。

 そして最新の報告としてリンクされているこの長文の文書、(参照3)冷静にまとめられており、内容を見るに重要度は高いであろう。北朝鮮問題における米国の思惑を根拠無く述べる知識人は国内外に多いが、最低限こういう基本文書に目を通してからとするべきであろう。特に安全保障問題は、論理と力学で理路整然と決定する側面も強いからだ。最後の段階では価値観となるのだが。

 全てを熟読する必要があると思うが、気になった点を。中国に関して多くの記述が割かれているが、このように明快に表現されている。

WHAT IS CHINA PREPARED TO DO?

The well-rehearsed policy options for dealing with North Korea range, on an ascending scale of severity, from acquiescence, to negotiation, coercion short of military force (sanctions), and, as a last resort, military force.China’s position on these options is clear.It will not tolerate North Korea’s erratic and dangerous behaviour so long as it poses a risk of conflict, but neither will it endorse or implement corrective policies that it believes could in themselves create instability or threaten its continued influence in both centres of power on the Korean Peninsula, Pyongyang and Seoul.

 そして結論としては極めてシンプル。

The advantages afforded by its close relationship with Pyongyang can only be harnessed if better assessments of Beijing's priorities and limitations are integrated into international strategies.

 そういう意味でも、首尾一貫して日米韓が結束することは重要なのであるが、これがまたうまくいっていない。安保理も余り役に立ちそうも無い。結局米国が相当強力なリーダーシップを発揮しないと何も動かない、が現実のところではないだろうか。イラク戦争のみならず、イラン問題もこれも、行動しなければ状況が打開されないのは間違いない。そして変化へのリスクを取って果敢に行動する国がイニシアティブを取るのは当たり前の事実だろうから。そしてイラン問題が先になるのは理解できる。欧州→ロシアと外交調整が進む延長で北朝鮮も対処しなければならないからだ。もちろんその後に中国となるのだろう。

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スーダン情勢に関する観察(2)及び関連の雑記など

 ダルフール危機によるチャドへの難民流入は以前から問題になっていた。最近はスーダン民兵組織のジャンジャウィードが一部越境して、両国間にまたがる問題となりつつあるようだ。極東ブログさんの方で関連エントリを挙げておられるのでそちらも参照されたい。なおBBCの報道するところによると、チャド政府は公式に非難しているようだ。(参照)

 いつもの事だが、馴染みの薄い国なので外務省サイトからチャドの基本データをリンクしておく。(参照2)昨年の外相来日時のものも面白い。(参照3)世界の最貧国であることは間違いないし、動乱の歴史が続いたが、この10数年くらいは現実主義的な外交で実績を挙げているようだ。もちろん判断基準を上げ過ぎてはいけないが。そして目を引くのは、この国は台湾と国交を結んでいることだ。もちろんそれだけが混乱の原因ではないだろうが、中国から一定の働きかけはあったと思ってよいだろう。
 またその種の議論をするなら、近年チャドの石油開発が比較的進展している事を挙げるほうがより重要かもしれない。エクソンモービルの公式サイトで明確に示されている。(参照4)国境から地理的に遠いDobaなどチャド南部での事業が主ではあり、カメルーン経由のパイプライン事業などが進んでいる。ただ他の地域での埋蔵可能性も模索されているようだ。該当地域でのチャド反政府勢力などへの支援の件もある。こういう言い方は物議を醸すが、経済先進国の民主国家では石油など一次資源を巡っての戦争は引き合わないが、途上国ではしばしばあるというのが現実でもある。

 具体的対処は悩ましい。AUに期待をかけていた人がいるが、そもそも国内の怪しい国々に国外の問題に関与する能力があると考えるほうが無理があったのであろう。資金援助なら日本も出来るが、これほど金の使い方の信用ならない案件も少ないかもしれない。民主主義国がやるとしたら将校など中核部の派遣ということになろうが、フランスの外人部隊とどう違うのかと揶揄されそうだ。中長期的には民間軍事会社の下請け的なアプローチがアフリカ地域では現実解かもしれない。民主主義国が圧力をかける先は自国に籍を持つ企業となる。ただ今回は話の上がってきているNATO関与の類がまだしも現実的であろう。フランスはルワンダでのいきさつもあり、道義的には責任ありだ。いつものごとく面倒な案件はスルーかもしれないが。

 日本などにもダルフールPKOへの部隊派遣などを期待する声があるようだが、治安維持業務となるとすぐに動き辛い難しい案件でもある。幸い資金援助はしていることもあり、チャド政府との関係は良好であるから、フランスなどの協力も取り付けつつまずはチャドに人道支援のための小規模な部隊派遣を行ってはどうであろうかと思う。これは有志連合の形でも良いであろう。個人的にはこの付近を振り出しにNATOにオブザーバーとしての地位を保持しておくべきだと考えるが、この件はまたそのうち。

 中国への働きかけは、これも米国やフランスなどと協力して進めるべきであろう。また日中間でもめている靖国参拝問題にしても、小泉首相の間はいいとしても、次期首相に関しては様々な要因から継続できない可能性は充分にあるので、一定のオプションも持っておくべきであろう。そういう時にこういう人道問題を意識してもいいかもしれない。例えば多国間協議の場でこんなコメントはどうであろう。

 「中国が自国の歴史に関して被害感を持つのは理解できるし、当時人道上の大きな問題であった事は理解できる。現在、靖国参拝は平和を祈念する意図から継続しているが、貴国の誤解を解消するまでにいささかの時間を要するのであれば、現在の内閣としてはそれを控える事も検討している。しかしながら、それには自国民同様他国民の人権も重視するという貴国の態度が示されなければ、我が国の国民の理解は得られないであろう。貴国は政治大国としてスーダンに大きな影響力を持っているようであるし、この悲惨な虐殺を止めさせるための大きな尽力が出来るであろう。貴国の今後の外交を見守った後に日本政府として今後の行動を決定したい」

 靖国参拝問題のような、世界的に見ればつまらぬ問題のために運命が左右される国はたまったものではないが、良くも悪くも大国に振り回されるのが運命だという事実を鑑みれば、それが結果としていささかなりとも人道的な方向に結びつくのなら、多少歪んだ形でも悪くないのではなかろうか。ただここで肝要なことは、今内閣に限るとすることである。行く行かないではなく、人それぞれの信念を尊重するかどうかが問題だからだ。そもそも恒久化を約束するには立法化するしかない。それは禍根を残すし、日本だけではなく、例えばムハンマド風刺画問題のようなものにも国際的な悪影響を及ぼすのだ。

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ブッシュ大統領のインド政策に関する所感

 ブッシュ大統領がインドを訪問する。原子力エネルギーに関しての協定の件で、議会との軋轢はかなり激しいようだ。NPTに加盟していない国に特別な地位を与えるべきで無いと。これは複雑な問題を含んでいる。
 この付近の文章を、コメントを含めて読んでみて欲しい。議論としては極めてストレートなもので、現段階でインドの将来に懐疑を持ち、肩入れし過ぎるという意見はごく真っ当だと思う。私もそうだが、日本人一般の知識人もそれほど信じ切れないのではないか。
 これに関しては、上記にリンクもあるこのインド側のテキストを読むとむしろ雰囲気は分かりやすいかもしれない。例えばこの付近など。

The essence of what was agreed in Washington last July was a shared understanding of our growing energy needs. In recognition of our improved ties, the United States committed itself to a series of steps to enable bilateral and international cooperation in nuclear energy.

 米国としては積極的な戦略として選択したと言うより、戦略的環境を追認し、選択肢が少なくなった状況で管理することを選んだように思われる。現実問題として中国とインドのエネルギーの消費はあまりにも大きすぎる。それを緩和しなければならないが、核エネルギーの利用くらいしか即効性が無い。核兵器の問題にしても、インドに廃棄させるのがほぼ不可能な以上、関与政策を模索するしかない。また中東地域の不安定は数十年の単位で持続的と見るしかなく、パキスタンの扱いも困難である。この国に核武装を許したことが現在多くの問題を引き起こしていると思うが、今はそこで生じた問題の尻拭いをやらねばならない段階だろうか。中東の不安定はイスラムの問題ではなくアラブの問題とするべきなのに、その周辺での苦労も多すぎる。不安定な世界情勢下では安定している地域の相対的な価値は高まる。インドは自国を高く売りつけることに成功したというべきか。

 日本としては、カシミール問題などを抱えているインドに深入りするのにはリスクもあり、純経済的な関係を政治家は志向すると思われる。常任理事国入りの交渉時に関係者は良く分かったと思うが、世界的な視野での外交能力にはやや問題のある国である。経済の問題としても、恐らく日本の関与がかなりの程度インドの行く末を決めるが、ここの判断は率直に言って難しい。儒教文化圏で無いので国内消費の性向も高く、中国のように過剰に輸出主導にはなりにくいであろう。しかし投資は相当地域事情を考えないとうまく行かないが、日本でそれなりの判断力を有する企業はさして多いとも思えない。良くも悪くも専制政治家を抱き込めば何とかなり、米国に「独裁者との談合は日仏の得意技」と揶揄されたような手も使えないだろう。

 また、この手の政策が全部ひっくり返る可能性がある。それはAIDSと鳥インフルエンザ問題なのだが、これは簡単に予想も付かない。中国もインドも統計自体を取ることすら困難なようである。なお日本がテロの標的になるとしたら、この後者のワクチンを巡っての脅迫絡みかなと思うが、この件に関しては日米欧で世界の指導者に優先的に配るかというような話もしているようだ。

P.S
 エントリと何の関係も無く一言。3/3はやはり国民の祝日とすべきでは。江戸時代ですらそうだったと聞くが。海の日と交換するべきであろう。

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