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植民地の歴史に思う様々なこと

 米国が国内問題で忙殺されている度合が大きいせいか、外交の各方面が停滞気味になっているようだ。日本もこの時期に分担金の件で国連を牽制したのが効いたか、国連人権委員会が拉致問題の解決を北朝鮮に促している。この組織は国内の人権状況が怪しい国の発言力が強いと散々に揶揄される存在だが、ただあまり皮肉に考えるだけでなく、途上国の現実も考えるべきだろう。アフリカの一部地域のように生存権そのものが危機に晒されている国はもちろん、中進国に分類される経済水準の国でも国境紛争で人命が失われていることは多い。つまり、世界的に見れば日本の拉致被害という事件は先進国の贅沢としか見られない。もちろん国連の場では、加盟国の状況からしてその行動に多くを望めない。つまり、かなりの諸外国の支援を望みにくく、また人権問題の常として、その当事者たる国家の政府方針に密接に関連する。本質的に解決の困難な問題なのだ。
 しかしながら、日本の政府は有権者に負託を受けており、多くの民主主義国と同様、この問題を解決せねばならない。世界的に見れば贅沢だが、逆に世界の人権に対する考え方の水準を引き上げる効果も少しくらいはあるわけで、これは人権に対する考え方が近い国と共同して対処せねばならない。日本政府は、このように拉致問題の解決が本質的に難しいことをもっと率直に説明するべきだろう。

 ところで人権問題となれば、お約束のように出てくるのが今の先進国の植民地時代の話だ。今でも旧宗主国が批判されることは多い。この付近は洋の東西を問わないので日本に対する韓国の反応などはまだ理解できる範囲として鷹揚に構えていればいいと思う。もっともそんな対応したら先方はまた怒るのかもしれないが。いずれにせよ民主主義国のリベラル勢力の知的頽廃のせいもあり、未来志向的な政治論も少し減退気味だ。そのせいで過去に視線が向くのだろうか。誤解を恐れずに言えば、旧植民地の自己認識は旧宗主国の世論に大きく影響され、彼らが問題視する範囲で問題視しているとも言える。

 植民地支配の非となれば、個人的には19世紀後半の日欧米諸国のそれは近代化に寄与した点も多く、必ずしも完全否定されるべきではないと思う。しかしもう少し時代を遡った場合はどうだろうか。例えばスペインの中南米に対する対応はどうか。これは今日の基準からするとかなりネガティブに評価するしかないのではないか。もっとも時代が古いので人権に関する概念も19世紀とは違う。19世紀と現在との違いより大きいかもしれない。そしてイギリスもフランスもこの時代は無茶苦茶である。多分植民地支配の非を鳴らすとしたら、この地域が一番適合するだろう。とはいえ、真の主体となる人間も今や少ないのだが。

 見本の一つはギアナだろうか。帝国主義というのも愚かなくらいの物扱いだ。ガイアナが旧イギリス領ギアナ、スリナムが旧オランダ領ギアナで、フランス領ギアナだけが現在もフランス領のままだ。ちなみにギアナ三国という言い回しがある事は恥ずかしながら知らなかった。ただバルト三国と違って植民地時代のややこしい事情による遠慮があったのか、その表現を回避している向きもあったようにも思う。なお東に行くほど経済的にましだが、これはクレオールの人口比率が多いから、というとまた物議を醸しそうだ。この付近はインド系住民が多いという経緯もありややこしい。この地域は絶対人口が少ないこともあり余り注目されないかもしれない。ガイアナは人民寺院の集団自殺で有名になってしまったが現地の人間には迷惑な話だ。

 フランス領ギアナに関しては、元々が犯罪者の流刑地だった過去がある。そのため20世紀前半まではひどい状況だったようだ。この付近は英語版のWikipediaがその歴史も含め記しており割と良いと思う。ちなみにここからの脱走を試みたアンリ・シャリエールの自伝「パピヨン」は映画化されたこともあり有名だ。もっとも映画は脚色も多いようであるが。今はクールーにフランス国立宇宙センターのアリアンロケットの打ち上げ基地があり、人口20万に満たないこの海外県のGDP25%を占めているそうだ。欧州宇宙機関の主力射場で、赤道に近い絶好の位置だ。手放したくは無いだろうが、失業率も多いので独立することも無いだろう。それに限らず、現在旧植民地の独立が少なくなっているのはEU域内扱いになるという事情もあるようだ。

 結局歴史問題というのは生き残った人間の子孫が現在どういう立場にあり、どう考えるかという事に尽きる。歴史はただ一つしかなく、あり得たかも知れない他の選択肢との客観的な比較など出来ない。欧州の歴史を色濃く反映する南米地域はその見本だろうか。ただこの地域での反米感情の逃避先がしばしば欧州文化への傾倒であったりするのは皮肉としかいいようがないのだが。
 アフリカとなると、南米の黒人や混血者のみならず、米国でも黒人は他の民族系統に属する人々と違って、自らのルーツとなるアフリカへの無関心が際立つ。アフリカ地域が世界から孤立しているのは、留学生などの移民、その子孫が故国に冷淡なことと無縁ではない。公然と指摘するのは皆が避けているが。曲がりなりにもグローバル化の一環として国際社会で厳しい競争に参加している国より、それに取り残され、孤立した国のほうが問題は多いのである。

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Comments

 植民地を、自国の文明(政治、経済、宗教、軍事の様々な側面の総体として)の拡大対称として捉えるか、あくまで本国の勢力圏として捉えるかの違いで、近世初期(16~18世紀)と19世紀の植民地支配の差が出たのではないかと考えます.前者では結果的に原住民の抹殺(それが戦争によるものであれ、病原菌によるものであれ)につながっていったことで、ある種人類史の暗黒面でもあるが、皮肉なことにその中から多くの近代国家が生まれたのも事実(アメリカ諸国)でしょう.一方、19世紀の植民地支配は本国がすでに産業革命や国民国家形成を済ましたあとで、その支配の形態は、より間接的(英国のインド支配が典型)でソフトだったものと言えます.ここでも皮肉なことは、このような間接支配がそれゆえに植民地の発展に結びつかなかったことではないでしょうか.アフリカの旧植民地の苦境は、本国の過酷な支配というより関わりの薄さによるのではなかったかと思うのですが.

Posted by: M.N.生 | 2005.10.03 04:56 PM

近世初期に関しては、ある意味自然で、長い人類の歴史で普通に世界各地で見られたことが技術進歩で大規模化したと言えるでしょう。ただ現在の欧州世界と直接繋がっている歴史的経緯故に、後世の文明的な世界からは野蛮と見られてしまうかと。実際は世界中の大半がずっと野蛮だったわけですが。

19世紀のはやはり現代に近く、一応当時の基準でも大量殺戮は非人道的という共通概念は欧州にあったようです。ただ、面積と人口から近未来は米国とロシアが巨大な大国となるので、まだ相対的優位があるうちに植民地を拡大して国力を増やさねばならないという強迫観念があったようです。もちろん、現在の私たちは前者はある程度当たったとも言えるが、それに対応する方法の後者は誤りで、反発を呼んだ上に単なる赤字で終わった事を知っていますが。アルジェリアみたいに本国にしようとするのはまだ合理的でしょうが、所詮無理なプランでした。移民への反感の増加速度が速かった地域ほど手離れ良く成功したかもしれません。これは運の領域でしょうか。政治レベルである程度自覚していたのはイギリスくらい?

>アフリカの旧植民地の苦境は、本国の過酷な支配というより関わりの薄さによるのではなかったかと思うのですが.

その通りでしょうね。テーマをグローバル化に変えれば現代も変わりません。

ところで今年は何度か地球博に行きましたが、過去の万博となると植民地博覧会というのが臆面もなく開かれていたようですね。1931年のフランス、38年のイギリスあたりが最後でしょうか、まぁ文明の進歩というテーマからすると意識は同じなのかもしれませんが、まさに隔世の感。

Posted by: カワセミ | 2005.10.04 01:27 AM

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