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ドイツ総選挙の結果に思う

 インターネットの普及に伴い、通常の先進国の選挙は一勢力の一方的な勝利を嫌う有権者の行動により接戦になるという説がある。そして逆に僅かでも明確な差がはっきり見えている場合はそれが増幅されるという説もある。
 果たしてそれが正しいかどうかは分からないが、日独の選挙は余りにも対照的な結果となった。ドイツの政治はいささかの漂流を余儀なくされるかもしれない。 ドイツに関しては良いブログがあり、有名なので私が今さら紹介するまでもないがリンクさせていただく。知的でかつドイツに関する温かい視線に満ちた良心的なブログと感じた。

 さて、様々な指摘が既に多方面からなされており、私が記すまでも無いが、所感も含めて日独の選挙に思ったことを述べてみたい。

・安全保障環境の違い
 言うまでも無く、日本は北朝鮮や中国の問題を抱えている。日本の野党の民主党の主張は稚拙すぎた。加えて経済的にも、日本では対中競合感が強いが、欧州に関してはチャンスでもあり(繊維摩擦とかはあるが)結果的に選挙の争点になっていない。日本では水面下ではなっていると言えるだろう。

・福祉や所得再配分による受益者の問題
 日本は思われている以上に実態は小さな政府といえる。少なくとも欧州諸国と比較すればそうだろう。しかしドイツは移民や失業者がかなりの既得権益と化している。そして受益者の絶対数が多い。日本はとなると、これは所属セクタの違いというよりむしろ世代間の問題だ。若年世代の賃金と雇用を犠牲にする形で50代の所得を維持している。従って少なくとも若年世代に新保守主義の支持が多いのは当然なのだが、奇妙なことに現在受益者のはずの50代・年金世代にその自覚が薄く、むしろ被害者のように自己認識している。この結果改革期待は擬似的なバブル状態になっている。

・地域共同体の問題
 EUによる経済統合効果のメリットが、中枢の先進国で薄れ、相対的な途上地域に集中し始めている。フォルクスワーゲンなどの各地域への工場移転などを思うと分かりやすい。新保守主義的な改革による痛みを伴う努力は、その成果がドイツではなく周辺諸国に拡散してしまうという認識があるだろう。少なくとも日本は、努力の結果が日本人自身に戻ると考えている。これは日本が様々なレベルの製造業を高レベルで維持しようと考える傾向が大きいのと比較して、既に欧州では分業が進んでいるという事情もある。(その観点で言うと、努力するなら全ての国という事で、中長期的には政治統合が合理的な方向というコンセンサスが確立する可能性がある。もちろん、現在の受益国がそう認識してからの話だ)

 全般として思うのは、良くも悪くも日本は単独の国民国家として行動し他者と相対しているのと比較して、ドイツは境界が曖昧になってしまったが故に漂流してしまったのではないかという事だ。危機に立ち向かうには結束が必要である。しかしドイツは、結束するのは、あるいはしてくれるのは、どの範囲かということにすら疑念を感じているのかもしれない。だがこれでドイツの将来が暗いというわけではないだろう。人間は追い込まれない限り覚悟を決めないし、ギリギリまで逃げようとするものだ。近年の日本もそうだったように。ドイツが覚悟を決めるのにはまだ数回の選挙が必要なのだろう。願わくば、日本が恐らくギリギリで回避したと思われる排外主義の罠に、ドイツが陥らないようにと祈るばかりだ。

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