« 核拡散問題に関する近年の議論、および考察(1) | Main | 国連安保理改革の行方(5) »

核拡散問題に関する近年の議論、および考察(2)

 核に関して議論する際、特に日本では国内的な事情やいくつかの特定国の思惑に目が行き、世界全体を見渡した場合の議論が甘いように思われる。前回指摘した核保有国の核軍縮を強調するのもバランスが悪い。逆説的だが、確かにそれは非核保有国の主張の正当性を見かけ上高めるという性質もあり、一理あるが故にむしろ有害でもあるのだが。核保有国は非核保有国に関するコミットメントを継続しつつ政治的に良好な環境を醸成しなければならないという複雑な義務を抱えている。

 ここで、先日のエントリで紹介した議論でも触れられていたが、近年の核拡散に関する論文等でしばしば引用される書籍があるので紹介する。"the nuclear tipping point"である。日本語訳だと「核の転換点」であろうか。(参照)リンクしているのは安価なペーパーバックのほうである。ハードカバーのも存在しているようだ。今の所邦訳は無いと思われる。
 この書籍では、国家が核武装を目指す場合の政治的な動向に関して論じており、序論として核兵器の歴史と現在の状況、ケーススタディ選別の解説など、次に各国を例に取った具体的なケーススタディ、最後に全体を通してのまとめ及び今後の展望とおおまかには三部構成になっている。そして各国ごとのケーススタディを扱った第二部が全体の中核を成しており、ページ数としても3/4以上と大半を占めている。具体的に各国の情勢に関して触れることにより、核問題の実相を多面的に浮かび上がらせようと意図している書物である。そしてこのケーススタディでは、Foreign Affarisで言うところの「異変を知らせる炭鉱のカナリア」として、次の8ヶ国について記述されている。現在米国が注意しなければならないと考えている国があるとしたら、その選択としてこれらを挙げる事は適切といえるかもしれない。具体例とされている国は以下の通り。

・エジプト
・シリア
・サウジアラビア
・トルコ
・ドイツ
・日本
・韓国
・台湾

 各章は数十ページずつの分量で、各国の第二次大戦後の安全保障小史も兼ね、核兵器に関する政治的立場、具体的な過去の政治家のコメント、冷戦期及び冷戦後の政治状況の変化、米国のこれまでの対応の解説、米国の政策の今後に対する提言などが手堅くまとめられている。細部に至るまで細かく目を通したわけではないが、全般としては緻密に組み上げられた方程式のような印象を受ける、極めて冷静で合理的な内容だ。この問題を深く知らない人に対する啓蒙の書としても、また専門家に対する現実の指摘と政策の提言としても優れていると思う。
 内容を細かく語るのは著作権の問題もあり、興味のある人は読んでいただけると良いのでここでは触れないが、日本を例にして感想のようなものを述べてみたい。

 冒頭、笑えることに昔話題になった「沈黙の艦隊」に関して触れている。これは当時国防総省がきっちり調査して、米議会で「無駄なことに税金を使うな」と叩かれた事でも有名だ。しかし、冷静に読むとかねてから知られている米国の伝統的な主張と一致する。すなわち、「核武装の意図はないというが、世論というものは短期間で変わり得るものだ。能力がある以上核武装の可能性があるとするのは当然である」という意見だ。まさにその世論の変化、すなわち政治の変化に関する点が日本に関する議論の中心となっている。これは歴代の自民党政権に触れる中で良く出ている。
 米国側の視点ということであるが、自民党の歴代政権は様々な形で核武装を模索していたという一貫したトーンで書かれている。岸政権や佐藤政権はかなりのタカ派と見られていたようだ。わけても佐藤政権は非公式な発言でジョンソン大統領にショックを与えている。そして中国の核武装の日本に対するインパクトは、一般の日本人が考えていたよりずっと大きかったようだ。非核三原則が幻想であるというのも、当の自民党関係者の意見として取り上げて指摘している。
 英語というのははっきりした言語で、ここで書かれている表現は日本人としては留保を付けたくなることが多い。ただ、やはり歴代の日本の政治家は世論の反対にもかかわらずかなりきっちり検討していたのだろう。日本人が感じているほど核武装の可能性は低くは無かったのかもしれない。内容を読む限り、日本に無知とはとても思えないような冷静さで、世論動向も踏まえている。そして論理的な整合性はちゃんと取れている。自民党は経済専念の印象とは違い、安全保障に関する責任能力で政権を維持し続けたと私は思ってきたが、過去も未来もそういうことで合っているのかもしれない。
 最後の提言は、一書籍の意見とはいえ、米国保守派の見解の中核を成すような印象を受ける。すなわち、「アメリカが日本に果たしている抑止と安全保障に関して、日本が信頼しているという事を疑うようなことをするな」「大量破壊兵器の拡散防止に注力せよ」「議論のあるところではあろうが、ロシアや中国に対して『日本カード』を使って日本に誤ったメッセージを送るな」の3つだ。米国の立場に立つなら、誠に的確な提言であろう。他国に関しても、米国の関与のあり方が議論の中心だ。ここで挙がっているのは大半米国の同盟国である。シリアも間接的にはそうなのだろうか。裏の繋がりが良く指摘されてはいるが。世界を相手にしんどい事だと苦笑するしかないが。

|

« 核拡散問題に関する近年の議論、および考察(1) | Main | 国連安保理改革の行方(5) »

Comments

歴代総理の核武装発言は、最近出た添谷芳秀氏の本でも整理されてましたね(近く書評を書こうと思います)。池田首相も積極的な発言をしていました。

ご紹介の本は、Brookingsから出ていますが、編集者を見るとCSIS色が多いですね。キャンベルはクリントン政権で東アジアを担当、アインホーンは軍備管理で有名、ミッチェル・リースは最近まで国務省の要職にあった大物です(はじめて東アジア共同体に文句を言った人)。この3人はみなアジアに対する知見は深いですね。
http://blog.goo.ne.jp/junyastone/e/2e35ca879134a13e0bd101c7fa209e17

Posted by: やじゅん | 2005.06.16 at 11:24 AM

TBさせてもらいました。日本国民がアメリカから日本の核武装が懸念されている事態を重視しないことを憂慮しています。こちらのサイトから英文ブログにもリンクしています。宜しくお願いいたします。

それから、やじゅんさんの言及された地域統合ですが、アメリカの支援があってこそ成功するものと考えています。ヨーロッパはまさにその格好の例です。
アジアの場合は、日本と大陸諸国の対立は「文明の衝突」でもあるので、統合は難しいと思います。

Posted by: 舎 亜歴 | 2005.06.16 at 11:44 AM

やじゅんさん、東アジア共同体の件、私も似たような認識です。そして日本の場合は、やはり条件の合った相手とFTAを結ぶしかないでしょう。何しろ他国のために国内法を変える事を実に嫌がる国ですので。冷静にメリットを追求するなら米国とのFTAでしょうけど、ハードルは高そうなので今から種蒔きが必要ですね。
 ところでこの本ですが、蹴散らされているような被害妄想に陥りました(笑)こういう所では妙に精密なのが米国の強みでしょうか。日本は個別の行政はきっちりやるのですが情報分析と政策立案が・・・・・

Posted by: カワセミ | 2005.06.20 at 10:43 PM

 舎さん、ご挨拶遅れて申し訳ありません。良いトラックバックを有難うございます。英語版blog、能力があれば私もやりたいとつくづく思うのですが。世界の知的活動の多くは確かに英語ベースなんですよね・・・・
 アジアに関しては、単純に中国とその周辺があるともいえますが、中国に文化的吸引力が薄いので自分がリーダーシップを取れるかもしれないという錯覚が日本にあると思います。実際は大英帝国絶頂期でも英国が欧州のリーダーでなかったのと同じ理由で、日本もアジアのリーダーではないのですが。
 仮に統合が可能とするなら、それは全ての諸国が安定した民主的な国民国家として自立した後ではないでしょうか。自立なくして統合はないものですから。私たちはそれを見れないかな。

Posted by: カワセミ | 2005.06.20 at 10:50 PM

The comments to this entry are closed.

« 核拡散問題に関する近年の議論、および考察(1) | Main | 国連安保理改革の行方(5) »