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ロシアとの領土問題を考える

 ヤルタ会談の再評価でロシア問題が騒がしい。予想通り北方領土問題への影響が論じられている。日本のマスコミの視野の狭さは相変わらずでうんざりではあるが、だがその一方で、世界の政治情勢は米国と欧州正面で論ぜられている思想が周辺に影響する形で決まっていくのだなという相変わらずの事実を実感するものではある。
 ここで日露間の領土問題に関して少し述べてみたい。これ以降の私の文書は日本人としては冷淡に過ぎるのではないかとの批判の向きもあるとは思うが、その理由も一部交えつつ記すので総合的に考えていただけると幸いである。少しきちんとした形で書きたい思いもあるが、手を入れると切りがないのでこのような形で記載する。長くなるので別画面にする。

 まず、全体としての経緯を説明した本としては、この木村氏の本がなかなか手堅い。一応推薦本としてリストに挙げてある。(参照)思想的な匂いは感じにくい。全般として日本の古典的な北方領土問題に対する立場を挙げたものではある。インターネットで参照出来るものとしては、日本側の立場を主に説明したものとしては政府サイトが丁寧な出来なので充分だろう。(参照)その他日本人の手になるサイトは無数にあるが、その中では比較的日本に都合の悪い意見も取り上げているものを参考として挙げておく。(参照)ただ事実関係の列記はともかく、それに関する意見に賛同して取り上げたわけではない。

 これら一連の経緯につき、基礎知識は皆さんご存知かと思う。ただこの問題は感情的に微妙な側面も含むので個別の項目に関してはやや誤った認識をする日本人も多いようだ。例えば過去の経緯を昔から長々と論じるタイプの人がそうである。しかし、欧州の歴史などを考えると分かりやすいが、領土の定義は両国間で最終的に締結された条約によってのみ成立し、それ以前の内容には一切拘束されないという事は再確認しておきたい。この観点からして、両国間で最後に戦争を伴わず結ばれた千島樺太交換条約の歴史的価値は高い。ここで本来は安定するはずではある。しかし、ここでのロシア側の言い分として、「条約に書いてあるように平和共存を前提として平和的に領土を取り決めたのに、日露戦争という戦争で後に変更した。では第二次世界大戦で変更して何が悪いのか」というのがある。これはこれでそれなりの理があり、結果的に政治の場ではそれ以降の内容が重要となる。そして戦争を伴ったが最後の条約となれば、それはサンフランシスコ平和条約であり、次いで条約に次ぐ国際的な価値を認められている日ソ共同宣言となる。

 ここでサンフランシスコ平和条約前後の米ダレス国務長官の言として、「日本が二島返還で妥協するなら米国は沖縄を永久に取る」というのがあったのは、日本国内では意図的に報道されないようではある。実は日本の国論が四島返還で固まったのは事実としてこれ以降の時期となる。これはダレスの目の付け所が良かったというにとどまらず、これに賛同する国内の政治勢力、保守派筋の協力も強かったということだろう。ただそれは結果として日本の国益に資する所大ではあった。そしてソ連がサンフランシスコ平和条約に調印しなかったのは、ソ連側に取ってみれば致命的な失敗ではあっただろう。そしてこの条約の内容解釈が今日でも争点となる。しかし政治の事実としては、後に日本人の外交官が述べた次の言が適切だろう。「あれは日ソが揉めるようにわざわざああいう内容にしたのだから、揉めて当たり前である」

 そして二島と四島の問題が後に出てくるが、ここで改めて考えると当時から現在の日露間に至るまで色丹・歯舞に関する認識の相違はほとんど無い。スターリンすらミスだと認めており、サンフランシスコ平和条約でも日ソ共同宣言でも日本領という結論ではある。現在のプーチンも引渡しは「義務」と述べている。(ここで「返還」ではないことに注意。領有したことは一度も無いという建前なのだ)そしてここがロシア外交の歴史的に骨の無い部分で、例えば英米あたりなら、こういう係争点の無い部分に関しては自己の価値観に従ってさっさと返してしまうような外交をする。それを外交カードとして使おうと考えて保持するから主張が首尾一貫しないと相手の不信を買うのだ。これは日本もあらゆる事について他山の石としなければいけないが。

 結局この領土問題は、南千島帰属問題に帰着する。そして日本が「択捉・国後は千島列島に含まれない」という主張をしているが、さすがにこれは厳しいだろう。戦後外交の経緯からして、相手が飲まないのを承知でそう主張した時期もあるとは思う。結果引っ込みがつかなくなった面もあるだろう。実際に南千島という言い方からして地理的に千島列島ではないと主張するのは無理がある。クリル諸島と千島列島は定義が違うという意見もあるがこれも無理筋だろう。定義としては含まれるとすべきである。含まれるがクリル諸島のこの部分は日本が保持する地域だと主張するべきだったろう。

 そして日本の交渉態度として、経済援助と引き換えに交渉を進めようとした時期があった。これは駄目で、絶対に成立しない外交である。なぜならこれは主権の問題で、主権の問題は経済的な取引が本質的に難しいという外交の原則があるからだ。世界の近代史に例外は実に少ない。そしてロシア側の伝統として、「主権を保持するために経済を必要とする」政治の現実がある。主客転倒することはないだろう。むしろロシア国民は、主権が確保されるなら今少しの経済的困窮すら良しとするだろう。もちろん民衆の実感ではなく政治の論理としてはであるが、ただそのような政治的態度は支持されるのが現実でもある。

 ここで日本のアプローチとして、感情的に複雑な面はあるだろうが二種類提案してみたい。南千島に関してあくまで日本の主権として対応する方法と、ロシアの主権を認める方法である。
 前者の日本の主権で対応する場合に関して、日本の対応で足りていないのは国内法の整備である。旧西ドイツは東ドイツを吸収する場合どうするか、事前に決めていた。チャンスは急に訪れ、一瞬で消える事を良く知っていたと言える。そして日露間での誤解は多く、日本が自ら当然視していることも相手には伝わっていない事が多い。純国内的な法案でも事前に作成し、ロシア語訳は作っておくべきだろう。ここでは住人の土地・住居を含めた私有財産の保護を決めておかねばならない。これを否定すると世界各地の紛争地で起きている事態と似たものとなる。日本人は治安に関する要求水準が高いということももう一度思い起こさねばならない。内戦もどきの殺し合いにはならないだろうが、かつて樺太を日露混在の地としてどんな結果に終わったかは参考になるだろう。もちろん同意があれば金銭を提供して転居を支援することは良いだろう。しかしそこを離れたくないという人もいるだろう。半世紀という時間の経過により、そこがかけがえの無い故郷だという人はいるはずである。これを否定するのは人権の無視でしかない。ここで私が連想したのはカナダのユーコン準州やノースウェスト準州である。そもそも連邦制の国であるので地方政府の権限は強いが、資源などの主権は保持しつつ現地住民の行政に関しては広範な自治権を認めている。言語など、教育なども含めているのがポイントである。まぁイヌイット扱いするのかとロシア人は反発するかもしれないので言い方には気をつける必要はあるが。ただその場合は日本との経済的な平準化はそれほど進まない。もっとも民主主義国でも連邦制の国は地方政府ごとで環境の格差があって当然という国内合意がある。(その意味で、結果としての格差受け入れの覚悟が全然無さそうなのに道州制を気軽に唱える日本人は反省すべきではある。それ以前に地方政府という言葉自体に違和感があるようでは多分駄目だろう)後は沖縄式で一時的にでも軍事基地の維持を飲めるかどうか、というようなところだろうか。国籍に関しては、日本国籍を提供するべきだろう。本人が嫌な場合は日本在住のアメリカ人などと同じ待遇とするだけの話と思う。もちろんこのような措置を行ってもロシアが納得するかどうかは分からない。

 そして後者、ロシア主権の場合である。これは日本国内での反発が強いだろうが、日本が従来繰り返してきた「名を捨て実を取る」方針である。私は南千島の件より竹島の韓国の非のほうがずっと大きいと思っているので、公平を期するという意味では一つの解ではないかと思う。尖閣諸島含め、相手の非の大きい順に日本は甘い態度を取っている気がするがどうだろうか。もっとも戦略的価値という意味では南千島は大きくはある。
 このロシア主権を認める方法では、日本の経済的な負荷は少なくしつつ現実に遂行可能なビジネスに限定して関係を進める。以前米国がロシアにミサイル防衛技術の一部提供などを申し出たことがあるが、その付近で米国を巻き込んで北千島含めて逆沖縄式に基地でも置かせる事が出来れば上々だろう。安全保障では面倒を見ると臆面も無く言い出してもいいかもしれない。WTOなどとの矛盾が発生しないように配慮しつつ、地域限定でFTAを結び、旧島民などの便宜を図れればなお良い。

 ただこのような現在の基準からすると大胆な外交は、相手が民主主義国でないと極めて難しい。冒頭にも関係することを書いたが、やはりロシア外交の基準の正面は欧州なのである。フィンランド、ラトビア、ポーランド、ルーマニア相手の問題が安定し、穏健で開明的と見られるような外交になるまで難しい。不安定な状況ではカレリアやベッサラビアに飛び火するだけだ。その意味で日露平和条約の最大の障害はロシア民主化後退ではある。

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Comments

ひどく前時代的な領土交換交渉になってしまいますが、択捉・国後の「半分ずつ(即ち、陸上国境を許容する)」分配、という可能性はありますかねぇ。あの島が欲しい理由は、漁業権の他に東アジア――アメリカ西岸に対する大圏航路およびロシアの太平洋シーレーンが交差する場所だから、という理由があるはずで、そのような重要海峡が日本だけ、あるいはロシアだけに占有されるのは周辺の他の国が嫌がりそうだな、と思うのですが、浅はかでしょうか。抑止の意味で、両国の軍事力がある位置に程度プレゼンスを持っているのは便利だと思うのですが。

Posted by: 名無し | 2005.05.19 11:17 PM

この問題は、難しい問題ですね。
私は、領土、領土とこだわるのではなくて、現在の現実を見て、協議決着をするのがよいと思ってます。これは多分、鳩山一郎が総理のときの、妥協点である2島返還案でしょうね。
ただ、これを結ぶのに急ぐことは無く、この交渉の中で、領土より大切な、日露関係をきちんと協議し、条約にすることでしょう。
日露の平和、友好、同盟などが得られる交渉でなら決着点を見出せるのではないでしょうか。
私の記事もトラックバックしました。よろしかったら見てください。

Posted by: 根岸のねこ | 2005.05.20 04:40 AM

カワセミ氏のエントリー、非常に参考になりました.私は、漠然と2島4島という切り口で考えてたんですが、どうやらそうでは無さそうですねえ.2島とその他、2+2という切り口もあるし、現実のヴァリエーションとしては更に複雑な形もありそうですね.例えば2+1とか2+1+アルファとか.ただ、気になるのは、どうも日本は結果から逆算して、入り口の原則を決めるきらいがあることです.領土問題はそれは効かないでしょうし、やるべきじゃあない.

Posted by: M.N.生 | 2005.05.20 10:21 AM

半分ずつ取るなら、国後は日本領、択捉はロシア領で良いのではないかと思います。
国後がロシア領だと国境線が大きく日本側に入り込む形になるので、それは避けた方が将来のトラブルが少なくなりますし、北海道に近い国後は北海道東部と一緒にした方が経済的にもうまくいくでしょう。
択捉は4島で唯一現状で経済的にうまくいっている島なので、これを日本領にするのは抵抗が大きいでしょうし、ロシアとの関係を切り離すと却って衰退する恐れもあるかと思います。

Posted by: Baatarism | 2005.05.20 03:18 PM

トラックバック先への回答を一部含めつつコメントします。

ロシアと日本くらいの国のやりとりだと、力関係のバランスは軍事的には核、そして主に経済その他の外交で取っています。実際の武力行使オプションは国際的に凍結状態になっているので軍事的な能力はあまり関係ありません。ロシア自身も国境問題はむしろ軍事的に弱小な相手に苦労しています。そして対ロシアだと欧州の支持といった外交的ポイントのほうが効いて来ます。以前サミットで支持を求めましたが、アメリカの支持は(恐らく以前からのいきさつもあり)継続していましたが対欧州は実質的に失敗しました。「これは日露二国間の問題である」との反応でしたが、分かりやすく言うと「日露二国間の問題にとどまるように配慮してくれ。欧州の国境問題に飛び火したりすると大迷惑だ」という内容の大人の言い方かと。もっとも当時はドイツに公然と支持を求めるなど、ラムズフェルド並みのデリカシーの無さでしたが。

経済協力の類もエントリで書いたようにあまり意味がありません。択捉の水産工場がうまくいっているとは聞きましたが、これは火事で丸焼けになったらしいですね。にもかかわらず領土問題にほとんど影響は無いでしょう。

国後は択捉とロシア側での行政区分が違うのでひょっとしたら三島返還の筋は残っているかもしれません。ただM.N.生さんのおっしゃるように出口を決めて交渉するべきではないでしょうね。

Posted by: カワセミ | 2005.05.21 05:20 PM

日本は敗戦で、日本が最初に欧米世界に出た時点まで戻された。
朝鮮半島も台湾も取られた。
しかし、沖縄は戻った。
当然、北方四島は戻るべきだ。
戻らないのなら、ロシアの弱体化に全力を注ぐべきだ

Posted by: 国民 | 2005.05.22 10:09 PM

 細かいことですが、日ソ共同宣言で2島が「返還」ではなく「引き渡し(ペレダーチ)」になっている問題について、かつて国会でいくつかの議論があります。参考のため、その一つを、以下に掲載しました。
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/HoppouShiryou/HoppouShiryou.htm
この中の、『1956/11/25衆議院日ソ共同宣言特別委員会』をご覧ください。国会議事録を直接当たったほうが良いかもしれません。
 歯舞・色丹は「すでに正当なソ連の領土になっている」「本来、日本の領土」どちらとも取られることのないような表現「引き渡し(ペレダーチ)」を使った、と説明されることが多いと思います。実際には、ヤルタ協定で、日本はソ連に千島を『handed over(引き渡す)』となっているので、同じ用語が使われたのでしょう。

Posted by: まるきん | 2005.05.24 07:07 AM

ふむ、参考になります。私の書いたのは最近のロシア側の数ある思惑の一つかもしれませんね。本当に決着するとしたら、昔から日本領であることは認めていた、という言い方にするのかもしれません。最終的な合意内容にもよるのでしょうが・・・・

Posted by: カワセミ | 2005.05.25 01:37 AM

ものすごく遅いコメントで申し訳ありません。まるきん改めcccpcameraです。

日ソ共同宣言で2島が「返還」ではなく「引き渡し(ペレダーチ)」になっている問題について、「ソ連が領有したことは一度も無いという建前」だから、「引き渡し」になっているとの説を、以前にも聞いたことがあったので、気になっていました。どうも、木村汎著「日露国境交渉史」(中公新書1993.9)のようです。P136に以下の記述があります。

 いったん自己の所有権下においた領土を返却するニュアンスをもつ「返還する」という言葉を避け、「引き渡す」というたんに物理的移転を示す中立的な用語としている。

 このように、書いてあります。ソ連は「いったん自己の所有権下においたことはない」などとはどこにも書いてないので、木村汎本が誤りとはいえません。しかし、読んだ人のほとんどが誤解を招く表現です。実際には、ソ連は1946年2月2日付命令で、歯舞・色丹を含む全千島を国有財産にしているので、ソ連の所有権下に置いていることは明白です。

もう少し詳しく書きましたので、よろしければご覧ください。
http://cccpcamera.asablo.jp/blog/2005/08/02/39396

Posted by: cccpcamera | 2005.08.03 06:42 PM

わざわざ有難うございます。エントリは最初から全て残すつもりなので、全てのエントリに関するコメントを歓迎しています。この件ですが、何の事は無く、私の推薦した本に書いていたのが何となく頭に残っていただけですね。この種のご指摘は大変助かります。

貴エントリにて引用されていた部分は、以前から日本の四島一括返還の方針に関連してしばしば言及されるところですね。ロシアは必ずこの件を言ってくるようです。逆にその意味でもサンフランシスコ平和条約に調印しなかったのはソ連の致命的失敗なのですが。

ただ、領土問題に関する交渉にどう影響するかとなると、実はさして問題にならないかもしれません。これは竹島や尖閣諸島の件と違い、政治的に設定された面が強いのと、その後の政治的経過そのものが問題を規定しているからです。そして欧州、例えばラトビアの件、あるいはフィンランドやルーマニアの件が影響します。欧州とは違うという意見は無意味でしょう。全く異なった問題が政治的には同一の線上にあるというのが対ロシア外交に関する本質ですから。

Posted by: カワセミ | 2005.08.03 11:00 PM

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