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米ブッシュ政権の安全保障戦略

 イラク戦争などにおける混乱で、ブッシュ政権の安全保障戦略が議論となって久しい。少し旧聞になるが、私が他のブログのコメント等でも取り上げた文書も紹介しつつ、考えを述べておきたい。
 ブッシュ政権の先制攻撃ドクトリンは、例えばジョゼフ・ナイ氏のように批判する人もいるが(参照、英文は全文公開されておりこちら)保守派筋の安全保障戦略の専門家は高く評価することが多い。例えばこのような論が代表だろう。(参照、同様に英文はこちら) 両者の意見に共通するのは、非国家アクターが大量破壊兵器を入手することにより、今まで国家しか成し得なかった大規模な破壊を行うことが可能となった点だろう。この点に関して異論は無く、米国内での議論の中心は、いかに兵器を管理状態に置くかという事にある。このため最大の問題は破綻国家であり、彼らの観点からすると現在の北朝鮮や中国は曲がりなりにも抑止が働いており、むしろ短期的には目標とすべきモデルと見なされている点だ。北朝鮮に送ったメッセージとして、核流出がレッド・ラインというのはそのままの意味であり、世界的な文脈で解釈すべきだろう。
 私は全般としてギャディス氏の意見に分があるように思う。確かに先制攻撃と予防戦争の違いは微妙になりつつある。アフリカでのフランスの行動など、抑止が働かない地域に関しては実際の軍事行動に及ぶことがあるのは世界的な現象だ。最近としても、中南米におけるアメリカの行動は予防戦争の色合いが濃いものだ。ちなみにかつて欧州と米国で、アフリカと中南米の勢力圏を分け合って以来、中南米に関しては欧州は冷淡なものだった。だからアメリカを強引だと思いつつも、イラクの時だけ文句を言うのかという反発が中南米諸国にはある。The Economistの「フランスが戦争の正当性を決定すると主張するのは愚かでしかない」という批判もその付近を踏まえた発言ではないか。またラムズフェルドの「古いヨーロッパ」発言もそうだろう。そして自国からの距離は問題にならなくなりつつあるという世界の現実が波及してきただけではないか。また抑止が可能でない地域に関しては確かに19世紀的な手法を取らざるを得ないことがある。もちろん外交的な手段の後にだとしても。

 そして中東に関しては言論空間の異常さがある。日本でもアラブ研究家の池内氏の著作などを読めば参考になるが、陰謀論があたかも事実として当然視されている。9.11はイスラエルが黒幕だというような意見が事実のように扱われたりする。日本も近隣国の恣意的な歴史・政治の解釈で苦労しているが、あれがひどくなり、対話そのものも成立せず、暴力だけが先行すると思えばいい。米国から見ればアジアの風景は不安定であっても随分穏やかに見えるだろう。中国の反日デモには米国からの非難もあったが、例えばワシントンポストの「民主主義国では議論によって歴史が真実に近付くこともあるが、専制政治では歴史は道具に過ぎない」という批判は、中東のそれを踏まえて発言しているのではないだろうか。領事館の襲撃はさしずめ昔のイランの米国大使館占拠事件を連想したかもしれない。

 理性的な言論空間、民主的で開明的な政府により、民衆の不満は緩和され穏健化する。長期で見れば暴力を減らす唯一の道であり、短期で見ても少なくとも抑止が成立するくらいの理性を育むことは可能になる。これが現代における民主化の意義であり、9.11テロは自国の専制的な政府を打倒できないテロリストが「ソフト・ターゲット」として米国を選択した現実もある。米国は確かにやや焦ってはいるのだろう。それは旧ソ連地域への対応にも現れている。しかし、ルーズニュークなどの問題を考えると、残り時間と比較してどうかとなるとまた判断も難しい。その意味で中国共産党政権の崩壊などは日本にとって悪夢ではある。そうなれば多分中東相手の米国の苦労のようなものを背負い込むのだろう。中国の奥地のどこにいるか実態も良く分からない武装勢力が核ミサイル持って日本に資金援助の脅迫とか、洒落にならないだろう。

 議論は様々なれど、私の見解としては、ブッシュ大統領は知性や教養はともかく「大統領としての資質」と言う事になれば歴代大統領の中でも比較的上位に入るのではないかと思う。ライス国務長官も歴代の米国政治家で上位に評価されると思う。イラク戦争にしても今は賛否両論としても、「イラクが民主化の可能な地域なのかどうか」に関しては答が出たようにも思うので、後世には高く評価されるだろう。ただゴールは中東全体で恐らく半世紀コース、先の長い話ではある。

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Comments

おっしゃる通りだと思います。
先制攻撃論については、最大の問題は、どこで「正当な攻撃」となる線引きができるのか、というところだと思います。これから考えていくべき課題ではありますが、イラク戦争について言えば、日本が国連安保理決議を通すことを最後まで主張したこと、曲がりなりにも決議1441を得たことは、それなりに評価できると思っています(実はアフガン戦争の方が国際法上正当化するのが難しいという意見もある)。
欧州について言えば、米国保守派から見れば、欧州は「楽園」(ケーガン)に安穏として、こうした現実に立ち向かおうとしないという失望感があると思います。これが米欧の亀裂の最大のポイントだと思います。
中東の禍々しいジハード思想は、決してイスラム本流の思想ではありません。過去の欧米の恣意的な関与と、アラブ指導者の既得権維持という二つの利己主義の鬼子という面があると思います。それがもはやアラブ国家にすら制御できないほどに成長した現状は、本当に深刻です。大中東構想やアジャミらの危機感は、この観点から理解できます。
ブッシュもブレアも、好きな人からは、その「conviction」が高く評価される傾向がありますね。善し悪しあるとはいえ、それが重要なリーダーの資質の一つではあることは確かだと思います。

Posted by: やじゅん | 2005.05.25 at 09:44 PM

こんにちは。
いろんな文献や的確な文章を書かれていて、尊敬いたします。
ただ、ブッシュ政権の外交について、私がよくないなと思う点を書かせてください。
私は、リーダシップがあるというのは認めたいのですが、なにか世界の面倒ごとの源のような政権の姿勢が不安です。
イラクはいうに及ばずですが、北朝鮮に対しての柔軟姿勢と、イランに対する強硬な姿勢など、理解に苦しむところがあります。
北朝鮮は、現在核兵器をもっていると宣言してる国です。
イランは、核の平和利用をするのだということを国際社会に訴え続けています。
素人目には、イランに話し合い路線、北朝鮮に強硬姿勢になるはずなのですが、現実は逆です。
それは、北朝鮮が中国という後ろ盾があって、今すぐ事を構えたくないという事実。
そしてイランの後ろ盾のロシアが、いま力がないことを見切った上での、イランへの強硬姿勢といえます。
アメリカのような軍事、経済の超大国には、もっと穏健な立場であってほしいと思っています。
知識がないので、幼稚な考えかもしれませんが、コメントさせていただきました。
ありがとうございます。また記事を楽しみにしています。

Posted by: 根岸のねこ | 2005.05.26 at 01:09 AM

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