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NPT体制の危機に思うこと

 前回のエントリを書いた後、NPT体制の危機が報じられた。英仏独とイランとの交渉は形式上継続協議であるが、実質的に破綻していることは明らかである。結果だけ見ると何年も前に米国が言っていた通りというのはもはや苦笑するしかない。北朝鮮に対する中国の説得も、やっているようではあるが進展しない。日本の力量となると言わずもがなである。世界の主要国が揃いも揃って見事に何の役にも立たない。こと安全保障問題に関してはどいつもこいつも使えない連中だと米国が思っているのは間違いなかろう。つくづく強制力の担保というのは永遠の課題なのだなと思う。ある国がどうしても核武装すると決意し、止めざるを得ない時どうすれば良いかとなると解は自ずから明らかである。
 核兵器拡散の問題というのは昔から課題が多い。民生技術を隠れ蓑に兵器に転用するというやり方は今に始まったことではなく、ほとんど原子力発電の歴史の当初に近い時期からある。これを抑制するのはむしろ冷戦時代のソ連のように無慈悲な国があったほうがまだ機能した。そして化学兵器の技術となるともう手が出ない。
 この化学兵器の問題、日本人にはピンと来ないが欧州の人々にとっては政治的インパクトが大きい。第一次世界大戦時に多量に使われ、塹壕の中で兵士が無力に死んでいったイメージが今でも根強い。戦後の障害者問題もあり記憶があまり薄れなかった。日本でいうところの核兵器の記憶のようなものか。人間は自国がひどい目にあわないと何も実感できないのだろうか。愚かなことではある。イラク戦争時に大量破壊兵器が問題になったが、あれはやっぱりフランスに味方して欲しかったからだろうなと思う。良くも悪くもフランスは欧州世論のドミノの先頭である、他の国への影響は大きい。化学兵器があるとなればフランス国内的には問題は無くなる。何しろ関連機材だの何だの、ドイツと並んで自国の取引が無かったとも言えない状況だったのがまた情けない。何しろフランスの場合は当の政府がどこまで把握してるか怪しく、政府が断言することが難しい。日本や米国のように兵器輸出を厳格に管理している国から見れば危ないとしか見えないだろう。このノリで中国に武器や技術を流出させられてはたまらない。もっとも欧州だけではなく、最近はイスラエルのレーダー技術まで中国に流れるとか何とかという話で米国との関係が相当まずくなっている。この情勢では日本がさぞやマシに見えるだろう。
 産業が高度化したり、社会が新たな発展段階に達すると、様々な社会的課題が発生するが、安全保障問題に限れば、現代世界の様相を考えると真っ先に標的になるのは米国でしかあり得ない。ある国だけにしかやってこない種類の危機というのは案外少ない。あるとすればそれは国内要因が主体で材料的には今までの歴史で出尽くし感もある。以前のエントリで対応すべき課題には様々な対象があると書いたが、様々な波がありながら結局先進工業国に分類される国は米国と類似のパターンで国際的な課題が波及してくるように思う。前回のエントリで可能性として上げた中国の不安定に対する対応などはレベル3/4の脅威の好例だろう。問題は脅威が顕在化する時期と、自国が基本的に回避可能な内容の脅威は何かを判断することだが、それこそが事の本質で、分かれば全ての問題に対処可能になる鍵なのだろう。世界的に見れば核拡散と環境問題ということになろうが、各国の時間的余裕の温度差は大きい。混乱は誰もが知っている通りである。

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Comments

こんにちは。根岸のねこです。

NPT条約って、核を持ってない国が、持ってる国に、それを使わないことを、そして持ってない国を守ることを前提にしていると思っています。
政治的には子供じみているかもしれませんが、誰が正義で誰が悪かを決めるものだと思っています。
それが担保されなくなったら、こんな条約守る国はないでしょうね。
核が一回でもでこかで使われたら、すべては核を持つ国の責任であるということを、特にヨーロッパの国々は理解すべきかもしれません。

Posted by: 根岸のねこ | 2005.06.02 at 08:27 PM

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