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中国の反日デモに思うことと日本の二重保険戦略

 連日、北京や上海での反日デモが報道されている。日本のメディアではセンセーショナルな扱いをしているが、私は少々違和感を覚えている。

 マスコミが外国に関して報道するときは、そもそもその国の政治体制や経済水準など、総合的に考えて常識の線というものを設定し、読者・視聴者と暗黙の了解を取っているのが普通である。だからアメリカに関しては点が辛くなるし、欧州諸国ではある程度の政治的水準を当然視する。多くの途上国では治安問題が起きてもさして問題にしない。日本はちと偏ったスタンスを持っている気がするが、どの国もそれなりに偏っているのでそれは止む無しという側面もある。

 ここで中国に関して考えると、日本のみならず世界各国とも報道姿勢が一定せずにブレがある。つまり、報道する事件によって基準の取り方が変化する。これはしばしば外交政策にも悪影響を与える。「欧州大陸とアフリカ大陸が一緒になって一つの国を作った」と表現するのも乱暴な例えだが、そのくらいに思っていて良い。これは各国で経済関連の政治家と安全保障関連の政治家の対立となって現れる事が多い。そしてそのバランスは国によって違い、例えばそれはEUの武器輸出解禁問題での日米とEUの対立のような形で現出する。この種の摩擦はこれからも頻繁に発生すると思って間違いない。EU諸国の無責任さは否定できないが、構造的に発生するようになっていると認識しておくべきだろう。歴史的に外交巧者と呼ばれる欧州諸国も対中外交となるとさして成功していないのはこの付近が原因でもある。現在の状況は今に始まったことではない。

 今回の反日デモ、例えばフランスの旧植民地などは典型であるが、絶対的にはこの種の旧宗主国もしくはそれに類似する国への反発はさして珍しいものでもない。もちろん現在の中国をG7に準ずるような経済パートナーと考えると勘弁してくれとなるが、せいぜい南米のやや経済規模の大きい国程度に考えると、経済活動上あり得るリスクの一つでしかない。そして事この問題に関してはそう捉えるのが自然であろうと思われる。リスクに応じて投資を控えるなり何なりするだけの話であろう。アジア主義者にしばしば見られるが、元々の期待水準が妙に高すぎると却って混乱するだけではないか。典型は戦前のそれである。
 その意味で今回町村外相がこういう事を言っているが、本人の明晰さとは別に日本外交の悪癖が出た不適切な言動と言える。これは専制政治国家との談合でしか成立しない要請であり、日本自身にとって良くない事である。言うとすれば、民主主義国に求めるのと同じように対応し、説明責任を果たすしかない。他の民主主義国と同じような対応をしてくれることを内心期待しながら、専制国家と同じような取引を持ちかける事に本質的な矛盾がある。最低限度要請は裏でやり、公式声明は別にすべきである。日本自身の外交態度がふらつき過ぎているのである。

 さて、欧米から日本の外交を見たときに、こういう言いまわしに見られるように「安全保障と経済のパートナーをそれぞれ別に選んでいる」と見られることが多い。ここでは「二重保険戦略」と呼ばれており、日本の政界ではこの戦略に関して広範な合意があるとされている。日本人としてはわざわざ特別に言及されることに違和感を覚えるほどであろうが、これは北米や欧州が地域での双方のパートナーを一致させて行動していることから、彼らの視点から見れば特異に、そして抜け目無く振舞っているように見えるということである。これに関してはBecauseの説明が伝統的に足りなくはあるが日本の置かれた条件上自然ではある。
 ただこの戦略は、一定以上深刻な安全保障上の問題を他国にアウトソーシングしないと成立しない。中国の経済力の伸長に従って欧州も日本の伝統的な立場に接近していると見ることも出来るが、この点も見事に一致してきているのは偶然ではない。しかし日本は安全保障問題で前面に立ちつつある。それはこの二重保険戦略が、グローバルな視点では中東諸国に対しても成立しなくなるであろうという未来をも示唆している。

(2005.4.11追記)
ちょっと誤解を招くかもしれない部分があったので補足しておく。
謝罪や賠償を求めるべきでないようなコメントをしたが、当然責任がある範囲に関してはそれなりの義務がある。例えば在外公館への被害などはそれに当たる。
ただ民間ビジネスはそうではなく、各国の現状を踏まえてリスクを織り込み行動するだけだ、という事である。繰り返すが、近隣国に変な思い入れで行動すべきでない。アフリカや中南米の一国のように対応すれば良いだけの話である。

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Comments

カワセミさん、こんばんは。
日本政府、政界にそのような大それた戦略についてコンセンサスがあったとは驚きです。単に大アジア主義者のいつもの非合理、情緒的な行動をアメリカが過大評価しているだけではないでしょうか?
合理的な思考ができたら反日的な中国、韓国の国力増大を日本政府が歓迎する訳はないと思うのですが。
アメリカは昔から日本の中の大アジア主義者に警戒感を持っているようですが、それにしてはちゃんとした分析にはあまりお目にかかったことがないような気がします。もっとも、日本語の本でも大アジア主義についての分析はあまり見かけませんけど。

Posted by: オッペケペー | 2005.04.10 07:51 PM

こんばんは。

これは何らかの形でエントリを書こうかなと思っていたのですが、どうも深く突っ込むのは難しいので軽く書いてみます。まず、外国とのつきあいにおける、パートナー関係を仮に以下の3種類に整理するものとします。

(1) 安全保障のパートナー
(2) 貿易を主とする経済パートナー
(3) リテールビジネスや生活を共にするパートナー

見れば分かるように、アメリカは(1)で全世界に網を広げており、これは特殊としても、基本的に3つのパートナーの親和度が高いです。より明確なのは欧州で、(2)と(3)の一致度も高いです。そして例えば中東とのビジネスなどは当座の利益のための一時の便法です。実は日本もそのあたりの認識は大差ないとも言えるのですが、とかく欧米を出し抜こう的な変な言い方をする人々が多いので過度に肩入れしてるように見えるということでしょう。これはアジア主義に限らず対中東や中南米でも事情は同じです。

日本の問題は、(3)のパートナーが無い中で、(1)と(2)の乖離すら危惧される事です。これは孤立リスクがやたら高いことを意味しており、他の先進国と比較してより他国に配慮した外交が必要なことも示唆するものですが、その付近を甘く見る政治家はまだ多いかもしれません。昔より相当マシではありますが。

まぁ、こういう前提がある中で、欧州が従来の日本的な不安定さに傾く可能性があるのではないかと危惧してるわけです。日本はもちろん複雑なジレンマが続きます。

Posted by: カワセミ | 2005.04.11 10:31 PM

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