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現代の安全保障を考える

 ブログ設置は勢いでやったものだが、やじゅんさんのこの付近の議論に刺激されたのが最後の駄目押し。知識や教養はもちろん、物事の本質的な部分に迫ろうという心のあり方を私も見習おうと思う。まぁ、勝手に手本にされるのも迷惑な話かもしれないが。

 さて、世の中で安全保障問題の議論が近年になく盛り上がっているが、昨今の世界の様相に関して、私が考えている事を記しておきたいと思う。似たような分類は特に保守派の評論家に少なくないかもしれないし、個別の問題で当てはまらない事が多いことを最初にお断りしておきたい。これは全体構造のマクロ認識であり、安全保障の思考に補助線を引く目的と理解して欲しい。安全保障-直接には政府や知識人レベルの戦争観とも言えるが、大まかに世界の国を以下のように分類する。

 第1レベル:
 米国、日本、欧州諸国など、民主主義政体を持つ先進工業国。
 第二次世界大戦後のstatus quoを基本的に擁護ないし容認している。
 外交は言論による対話を基本とし、武力行使は特殊な非常時のみ。

 第2レベル:
 中国、旧ソ連などが代表格。政治形態は権威主義的な場合が多い。
 Status quoを容認する側面もあるが、不満をある程度抱えている。
 国内的な統治能力はそれなりに有している、外交は19世紀的な軍事力を背景とした
 弱肉強食的な考えを有しているが、判断は概して理性的であり、抑止により
 一定程度の世界秩序形成に参画可能。

 第3レベル:
 多くの途上国が該当する。中東・アフリカの少なからぬ国が含まれる。
 Status quoに関しては否定的か無関心のことが多い。概して統治能力は低め、
 近隣諸国に対し実際の軍事行動に及ぶことがしばしば発生する

 第4レベル:
 アルカイダ等の非国家アクターによるテロ組織。軍事力行使そのものが存在価値となっている。

 なお、レベルの異なる国家間で安全保障問題が発生した場合、基本的にレベルの低い側に外交原理が拘束される。すなわち旧ソ連や中国に対しては抑止が必要であったし、クウェートに侵攻したイラクに対しては軍事力を行使して対応する必要があった。そして国によっては各レベルの中間的な振る舞いをする存在があり、対応も微妙なことがある。例えば現在のロシアは一部民主的でレベル1・2間とみなされ、抑止を捨てることは出来ないが民主的アプローチによる対話は一部有効である。また北朝鮮は基本的に第3レベルとみなされるが、実際の軍事行動は引き起こさず第2レベルのような行動を取ることも多く、対応が難しくなっている。(ライス国務長官がイラクと北朝鮮の違いを聞かれ、「朝鮮半島では半世紀に渡って抑止が機能してきたが中東地域はそうではない」と回答したのは、本質的な部分を端的に表現している)

 ここで、近年の主要国の外交姿勢について個人的にコメントしてみたい。

 第一次世界大戦後の欧米、第二次世界大戦後の日本のような絶対平和主義外交は、多大な戦禍を受けた国民国家に発生することがある。平和主義は価値の高い考えであるとは思うが、これは全レベルの国家に第1レベルの行動原理を性急に求めるという形になり、現実にそぐわないことが多い。

 現在のフランスを代表とする欧州諸国のように、先制攻撃を否とする考え。これは多くの外交局面で有効であり、国際社会で最後まで生存するのに適切な方法である。しかし、第3レベル以下のように抑止が成立せず先方から先制攻撃に及ぶ可能性を多々秘めている国と安全保障問題が発生した場合には、相手国が一方的な行動を継続し、段階的に戦禍が拡大して致命的に危険な状況に至るまで切迫する可能性がある。これは化学兵器・核兵器がからむと悲惨な事になる。

 現在の米国。完璧でないものの、相手によって各レベルでの対応方法を変える外交をそれなりに実行しており、基本的に唯一の対応方法。

 つまり、判断方針としては現在の米国の考え方が比較的正解に近いが、それを具体的にどのように遂行するかという点に関しては色々と議論がある、ということであろう。

 そして日本の安全保障観に関しても、やはり懸念が残る。近年の日本と西欧は、冷戦時代と比較しその立場を入れ替えたと言えるのではないだろうか?日本は相対的に厳しい環境となっている。しかし絶対平和主義からは脱却しつつあるとはいえ、近隣諸国の状況を見ると、第2レベルまでの内容しか対応出来ないようにも思われる。同盟国の米国は第3・4レベルも含めて世界的な同盟を期待するのであろうし、そこで摩擦が発生するかもしれない。

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Comments

ブログ開設おめでとうございます。これからのご活動を楽しみにしています。よろしくお願いします。

Posted by: やじゅん | 2005.03.29 at 09:36 AM

こちらこそよろしくお願いします。良い意見のやりとりが出来ると良いですね。

Posted by: カワセミ | 2005.03.29 at 10:01 PM

はじめまして。ブログ開設おめでとうございます。2chでのカワセミさんの論説にはいつも感銘を受けておりました。
さて本題なのですが、カワセミさんは中国をStatus Quoをある程度尊重する第2グループに入れておられますが、中国の辛亥革命以後の外交を観ているとどうもそう思えないのです。中国は自分が正義と確信した時には躊躇なく武力でStatus Quoを変革しようとするのではないでしょうか?1920年代の革命外交、排外運動(列強帝国主義への抵抗)、1937年8月13日の第二次上海事変(日本の「侵略」への抵抗)など、主観的に自らが「正義」を保有していると思っている場合には国際的には条約違反やaggressionになる場合でもためらわずに武力を行使する傾向が強いと思います。
それは戦後の中共も変わらないことは、チベット侵略やベトナム懲罰戦争を見ても分かると思います。
では中国は無原則な膨張主義の国かというと、そうではなくやはり彼らなりの原則を持っていると思うのです。
その原則とは、まず第一に「中華民族固有の領土」=清朝の領土の保全と周辺国(ベトナム、韓国、日本等)を中国に隷属させる(=冊封)ことにあると思います。つまり昔からの中華思想ですね。
重要なのは中国は既存の国際法秩序を認める気がないなのではということです。台湾への度重なる武力による恫喝は、パリ不戦条約以降の武力によるStatus Quoの変更を認めない思想に何の敬意も払っていない事を示していると思うのです。この点では半西欧文明のロシアより厄介なのではないでしょうか?従って中国(と韓国)は第三グループに入れた方がいいと思うのです。

蛇足ですが、どうも儒教や共産主義のように存在論と価値論が分離していない思想を教義としている国は君主正戦論的な行動をとることが多いと思います。もちろん宗教国家もそうですが。

Posted by: オッペケペー | 2005.03.30 at 07:30 PM

初めまして、オッペケペーさん。所詮個人のブログなので、あんまり大恥をかかない程度に外見を整えるのが精一杯、という感じでしょうか。厳しいご批判もお待ちしております。

おっしゃっている内容ですが、大筋私の見解も大差ありません。Status quoもそれなりに不満ではあるでしょう。本論のポイントとしているのは実際の軍事行動を「抑止出来るか」という所です。中国の軍事行動を仔細に見ると、相手が弱いので勝てるだろうというのを、少なくとも彼らベースでの理性で判断しているというのと、第三国の介入はないであろうというのを計算して行動している事が見て取れます。ちなみに先のエントリで挙げているケナンの論は旧ソ連の性質を的確に表現してますが、これも膨張主義を抱えた国である点、同一です。

第3レベルとの比較が分かりやすいかもしれません。韓国あたりを見ると感覚的に分かると思いますが、さして根拠も計算もなく自国のポジション以上の地位を求める傾向があります。これは世界的に見ると案外珍しくもなく、それで軍事行動やテロまでやってしまうのがセルビアあたりだと思うと典型的な例になるでしょうか。
第2レベルはそれなりの大国であるというのが条件かもしれませんね。歴史を見ると中小国の無茶な主張で問題発生、というのが多いです。日本人の感覚だと周辺国の状況もあり、大国の横暴を言い募る人が多いですが、実態は逆のことが多いかもしれません。

Posted by: カワセミ | 2005.03.30 at 09:45 PM

ご返答ありがとうございます。
私もカワセミさんに大筋では同意なのですが、ただ「中国に対して抑止が効くか」と言う点に疑念があるのです。
ちょっと迂遠な話になりますが、法哲学者のHLAハートの議論を借りれば、
国内法における法秩序がなぜ妥当性を持つかといえば、国民が法の妥当性を承認しているからです。
しかし、中には法に服すことを義務と思わず、刑罰がなければ法を守ろうとは思わない悪人がいます。
これを国際関係に当てはめれば、日米欧などの先進諸国(第1レベル)は一般国民、中ソなど(第2レベル)が悪人と言い換えられると思います。つまり、第1レベル諸国は能動的に国際法秩序に従い、仮に罰則がなくても規範を守るのに対し、中ソなどの第2レベルの諸国は罰則(抑止)がある時のみ規範を守ると言う事です。第3レベルの諸国は法規範の存在すら認識していないドキュソというところでしょう。
ここまではカワセミさんの議論と変わりはないのですが、問題なのは中国が「国際法規範の存在を認識しているか」という点なのです。もちろん、中国にも国際法の専門家はいますから基本はわかっているのでしょうが、グラッドストン以来の近代国際法が依拠している啓蒙主義について理解がないのではないでしょうか?
啓蒙主義も立派に国際法秩序の一部なのです。
「抑止」が有効なのはあくまで、法規範を理解している相手だけです。ソ連はその点帝政ロシア時代の国際法研究と啓蒙主義の伝統がありますから、少なくとも先進諸国と共通の土壌は持っている訳です。従って「帝国主義諸国の作った国際法やブルジョワ思想」などには従いたくないと言っていても、その存在は知っているので抑止は有効なのです。
翻って中国はどうでしょうか?中国はどこの植民地にもなりませんでしたが、その分近代思想もほとんど広まりませんでした。儒教的専制国家から一気にファシズム(国民党)、共産主義にジャンプしてしまい「西欧化」をほとんど経験していないのです。中国の指導者や国民が啓蒙主義をまったく理解していない可能性はかなり高いのではないでしょうか?国連常任理事国でありながら他国を武力恫喝したり、「歴史認識」を他国に押し付けるなどまさに啓蒙主義の基盤がない国でしかなしえない要求でしょう。ソ連ですらここまで酷くはなかったと思います。
さて、本題ですが、中国が近代国際法や西側先進国の思想に無知である事が結果として認識の相違を生み、「抑止」が効かなくなる事があると思うのです。良い例が1937年8月13日の第二次上海事変で、中国は英米ソが味方につくと思って上海におけるStatus Quoを破って日本に攻撃を仕掛けたのですが、近代国際法の原理で動いている英米は味方につきませんでした。Status Quoを自分から破った人間に味方をしないのは英米からすれば当たり前のことですが、中国は理解できなかったのです。

つまり、要約すると中国が基盤とする思想(儒教+マルクス主義)と西側が基盤とする思想(自由主義、啓蒙主義)の違いによって「抑止」が無効になってしまう可能性があるのではということです。宇宙人との交渉を地球人同士の交渉と同等視するのは危険だと思います。ソ連は地球人の悪人ですが中国は宇宙人です。

Posted by: オッペケペー | 2005.03.30 at 11:55 PM

おっしゃる通りで、まさにそれが中国とその他の諸国を分けるポイントではないかと思います。啓蒙主義の伝統が無い事で、様々な局面で混乱を引き起こしています。ただし旧ソ連に関しては、政治体制の異常さからその歴史的認識が一時凍結状態となる効果を発揮していたと思います。政治体制が政治家の政治行動に与える影響は決定的です。全く同じ人間であっても。
中国に関してですが、蒋介石・毛沢東の第一世代はやはり問題が多いと思います。しかし現在の中国は米国留学組などの力も強くなってますからそれなりではあるでしょう。しかし割合として足りないのは間違いないし、人民解放軍は党に所属しているという決定的な側面があります。この付近は各人の読みがどの程度かということになりますし一概に言えないことですが、例えば台湾侵攻の可能性は2割ぐらいはあると思います。これが米国が知らん振りすると一気に8割になるかもということで、その意味で抑止はそれなりに効いていると思います。
いずれにせよ、この件は本エントリで書いているように「考え方の補助線」と捉えてください。個別の話を詰めるためには様々な要素を緻密に分析しないとなかなか精度の高い判断とはなりにくいと思います。

Posted by: カワセミ | 2005.03.31 at 09:19 PM

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